誰かと比べてしまう時
先日、息子が熱を出した。
土曜夜に発熱、日曜は安静にしていたが、
保育園の決まりで、解熱後24時間は園に通わせてはいけないとある。
病み上がりの息子と一緒に、ひたすらのんびりした。
だらだらと過ごす平日は育休中の日々を思い出す。幸せなようでいて、ほんのすこし息苦しいような、不思議な時間。
今年は梅雨もあまり雨が降らない。この日も日中は夏の始まりのように暑い日だった。
買い物しに駅前まで行き、暑かったので早めにシャワーを浴びる。
晩ご飯は簡単にパスタにしようと決めた。
保育園から、来月の給食に出る食材で、食べた事の無いものを食べさせるよう言われていたので鰯を買ってあったので、鰯を使ったパスタだ。
夏至まであと数日。
未だ空が暗くなる前に夕飯をちゃちゃっと作れたので、この日はベランダでご飯を食べることにした。
床材の上に汚れてもいい厚手の布を敷き、二人で座る。
向かいにはマンションもあるけど、目隠しがあるので誰とも目は合わない。
小さい段ボールを逆さにして、テーブル代わりに。
私は以前買ってあった日本酒があったので、(邪道なのはわかっているけど、冷やして飲みたかったので)それに氷を入れて飲む。パスタをほおばる。
まだ明るい空、ちょうどいい気温、風がふわっと吹き抜ける。
「美味しいね~、気持ちいいね~」と子どもと目を合わせると、ニコニコ―っと笑う息子。こんな幸せなことってあるのかな?と思う。
家を建てた友達、
中古マンションを購入してリノベした友達。
どんどん先に進んでいく友人たちを視界の端で捉えながら、
私は独りで、今まで少しずつ進んできた道を逆走し始める。
頼れる夫がいて、綺麗で広い家に住んで、あこがれの家具に囲まれて。
隣の芝は青いというか、もうペルシャ絨毯くらいうらやましい。いや、オールドキリムか、カンタキルトか…
それぞれみんな悩みや苦しみは大なり小なりあるはずなのはわかっているけど、そんな思考をぶっ飛ばす勢いでこれからの生活が不安だ。離婚の言い出しっぺは私だし、全て自分で責任を取らないといけない。体と心が落ち込んでるときは、どんどん思考がマイナスな方へと傾いていってしまう。
だけど、一度立ち止まってよく考えてみる。感情に振り回されず、今ある手元のカードをじっくり見ると見えてくる、いくつかの事。
どんなに頑張ったって一馬力で家を買うことなんてできないんだから、持ち家を羨ましがらない。
そもそも、夫婦でいる友人と自分を比べること自体が間違っている。
百歩譲って比べるとしたら、夫と一緒にいて毎日泣いていた自分。感情が無くなって、トラックに突っ込みたくなっていた自分と、これからの自分の未来を比較するべきだ。お金は少なくなっても、きっと幸せになれる。そもそも、そのために離婚を決意したんだし。
文章を書いていると頭が整理されるなあ。これからも漠然とした不安に襲われることは何十回、何百回とあると思うけど、一度でもこういう結論にたどり着けていれば。そして、ベランダで子どもとパスタを食べた事を思い出せば、きっと前を向けるはずだ。
自分の感じた事・考えた事を軸に、他人に惑わされず、できるだけブレずに進んでいきたい。これがなかなか難しいんだけどね!
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