五木豆腐って,どんな豆腐?
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五木豆腐って,どんな豆腐?

五木とうふ店

これまで、SNSに豆腐などの商品のことをほとんど書いてこなかった
のですが、noteを始めたことを機に、少しずつ商品のことも
お伝えしていけたらと思い、今回は、当店の看板商品
『五木豆腐』について書きたいと思います。

豆腐の起源とは?

豆腐屋になるまでは、特に豆腐にこだわりもなく、
歴史なんて考えたこともなかった私ですが、
仕事とするならば、最低限の知識だけでもと思い、
以前調べた内容が ↓ こんな感じでした。

豆腐は、中国が発祥の地とされ、奈良時代に遣唐使の僧侶により
日本に伝わったとされています。
当初は、寺院の僧侶等の間で、次に精進料理の普及等とともに
貴族社会や武家社会に伝わり、室町時代に、全国的に浸透。
製造も奈良から京都へと伝わり、次第に全国へと広がっていったとのこと。
江戸時代になると、庶民の食べ物として取り入れられるようになり、
江戸中期には、豆腐は全国の津々浦々まで普及したと云われています。

豆腐は、庶民の味とばかり思っていたので、
江戸時代までは位の高い人たちの食べ物だったとは、目からウロコでした!

五木村での豆腐は?

平家の落人伝説がある五木村では、もしかすると平安末期から鎌倉時代には
豆腐づくりをしていたかも?なんて、想像しながらも
実際にいつ五木村に伝わったかは、わかりません。

五木村では、各家庭で豆腐作りをしていて、父母や祖父母が子どもの
頃も各家庭で作っていたそうです。
基本的な作り方は、今と変わりはありません。
大豆を浸漬→大豆を石臼でひく→大豆のしぼり汁(豆乳)を焚く→
にがりを加える→型枠に入れる→重石でおさえる→完成。

▲水に浸けた大豆

父によると、当時の豆腐作りは、すべてが手作業。
大変な作業だったといいます。
お盆や正月を迎える際は、近所の人と集まり、豆腐とこんにゃくを
1日ががりで作っていたそうです。

でも、時代の流れとともに、豆腐を作る家庭は徐々に減り、
昭和50年代に入ると、製品として作られた豆腐を購入する家庭が
増えてきました。

昔ながらの堅い木綿豆腐

五木豆腐は、昔ながらの堅い木綿豆腐で、
かつて五木村下手しもて地区にあった『續山商店』さんが
作っていた豆腐です。
續山さんが廃業された後、父母が作り方を受け継ぎ、
作り始めました。

大豆は、九州産『ふくゆたか』を、一般的な木綿豆腐の3倍量使い、
にがりをうった豆乳を型枠に入れ、1~2時間かけ水分を抜いていきます。
出来上がった豆腐は、1丁が9センチ四方の立方体、重さは700g強。
重量は、一般的な木綿豆腐の1.5倍~2倍くらいです。

▲五木豆腐(1丁)

当店では「とうふ」といえば、この五木豆腐を指します。
豆腐の堅さにおいては、お客様の好みが別れやすい商品ですが、
香り、味、食感、どれをとっても、私たち夫婦はこの豆腐が一番好きです!
もちろん、違う豆腐も食べます。でも、最終的に“これ”に戻ってきます。

どんな食べ方が美味しい?

よく「生で食べられますか?」と尋ねられます。
五木豆腐は、生で食べれます。
特に❝冷奴❞で、食べる方は多いです。
よくお客様、主におじちゃん方には、「焼酎のつまみによかな~」
と、言ってもらいます。
私は、基本的に何も付けずに食べますが、
薬味としては、ねぎ、しょうが、ゆずこしょうに
醤油をかける方が多いと思います。

▲冷奴は、少し常温においてから食べるのがおすすめ

「おすすめの食べ方は、何ですか?」と言われると、
ちょっと困ってしまうのですが、私は❝湯豆腐❞が好きです。
どんな豆腐でも、冷奴で食べるのが苦手で、だいたい火を通して食べます。
シンプルに焼いたり、素揚げしたりするのも、我が家の定番です。

他には、白和え、煮しめ、鍋料理。
お隣の八代市の方だと、豆腐の味噌漬け用に
買っていただくことも多いです。
水分が少ないため、煮る、焼く、揚げるなど
いろんなお料理に使えるのが、五木豆腐の良いところ。
皆さんにも、自分なりの美味しい食べ方を
見つけてもらえたら嬉しいです。







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五木とうふ店
熊本県南部にある五木村で、昔ながらの堅い豆腐『五木豆腐』を中心に製造・販売しています。 noteでは、豆腐のこと、五木村での日常など綴っていけたらと思ってます。