ひと夏のルグレ【第三話】【創作大賞2024漫画原作部門応募作】

   ひと夏のルグレ【第三話】

ケンジ(M)「人の記憶は上書きされる。検索の上位に表示される情報も同じだ。上書きされた情報に気づかなかったとしたら?検索の上位に来る情報が自分の本当に探している情報だとは限らない」

   〇

   ケンジの回想。
ケンジ(M)「さつきと出会ったのは、母方の実家のそばにある須佐能表神社だった」
   昼間。蝉のなる境内。
   少年時代のケンジ、神社で汗をぬぐう。
ケンジ「あちぃ……。なんで、こんなに暑いんだよ…」
   そこに、子犬のライカが尻尾を振ってやってくる。
ライカ「きゃん! きゃん!」
   ライカ、ケンジにまとわりつく。
   驚いた様子で、ケンジ、ライカを見つめる
ケンジ「うわ! 犬……。どっから来たの」
   さつきがケンジとライカの元へと駆け寄ってくる。
さつき「こら、ライカ! こっち来て」
   ケンジ、さつきを見つめる。
ケンジ「君は…」
   さつき、ライカを抱いて、
さつき「あ、ライカが迷惑かけて、ごめんなさい……」
   ケンジ、さつきに近づく。
   ライカ、ケンジに向かって、
ライカ「きゃん!」
さつき「こら、鳴かないの!」
ケンジ「君の犬?」
   さつき、頭を軽く左右に振って、
さつき「ううん。一緒に暮らしてる劇団の子が拾って来たの」
ケンジ「劇団?」
さつき「知らない? 辻堂っていう劇団……」
   ケンジ、首を傾げる。
ケンジ「ううん……。聞いたことない」
   さつき、がっかりした様子で、
さつき「そっか。君も知らないんだ……」
   さつき、困ったようにライカを見て、
さつき「それにしても、この子どうしよう」
ケンジ「なに、困ったことでもあったの?」
   さつきの顔が曇る。
さつき「飼える人、探してるの。劇団は全国を周ってるし、犬を飼うのは無理だって言われて……」
   ライカ、さつきを、心配そうに見上げる。
ライカ「きゅーん……」
ケンジ「そっか……。それは、大変だな」
   さつき、悲しげに顔を伏せる。
さつき「もし見つかなったらこの子、保健所に連れていかれちゃうんだ」
ケンジ「保健所?」
さつき「そこで犬は檻に入れられて、殺されちゃうんだって……。お墓もつくってもらえないって、お父さんがいってた……」
   ケンジ、深刻な顔になって、
ケンジ「なんだよ。それ……」
さつき「アミちゃんと飼い主を探してるけど、なかなか見つからなくて。もし見つからなかったら……」
   ケンジ、自身の胸を叩いて、
ケンジ「俺が飼う! ウチ、昔は犬飼ってたし、父さんも母さんも理由言えば許してくれるよ!」
   さつき、驚いた様子でケンジを見つめる。
さつき「いいの……?」
   ケンジ、笑う。
ケンジ「だから、その犬。俺に預けてよ」
   さつき、明るい顔をして、
さつき「ありがとう! あの、あなたの名前は?」
ケンジ「ケンジ。今井ケンジ。君の名前は?」

   〇

ケンジ(M)「それが、さつきちゃんと俺の出会い。ライカは、彼女から譲り受けた犬だった。それから彼女は、俺の通う学校に転校してきた。俺たちは、すぐに仲良くなったんだ」
   体育館の壇上に座る2人。
   さつき、笑顔をケンジに向ける。
さつき「ケンジ君のおかげで、だいぶ校歌も歌えるようになった。この歌さえ忘れなければ、ケンジくんのことも忘れない」
   ケンジ、顔を曇らせる。
ケンジ「やっぱり、引っ越しちゃうの?」
   さつき、悲しげに微笑む。
さつき「しかたないよ。ずっとそうだったから、だから私はずっと一人ぼっちなんだ。アミちゃんは学校に来てくれないし、ケンジくんがいなかったら、私……」
ケンジ「さつきちゃん……」
   さつき、顔を俯かせる。
さつき「校歌以外にも、忘れられないものが欲しいな。ずっと、忘れられないもの……」
ケンジ「さつきちゃん……。その、お祭り。一緒に行かない?」
   さつき、ケンジを驚いた様子で見つめる。
さつき「え?」
   ケンジ、さつきに笑いかける。
ケンジ「地元のお祭り、一緒に行こう。そこで、忘れられない思い出。いっぱい作ればいいよ」
   さつき、笑顔で頷く。
さつき「うん。行く! 絶対に行く!」
   さつきは全国を周る劇団員の花形子役だった。
   どこか、大人びた都会っぽさのある少女。
   俺はそんなさつきのことを綺麗だと思った。
   気づいたら、俺はさつきに一目ぼれしていたのだ。

   〇

   夜。神社の林の中。
   祭りばやしが遠くで聞こえている。
   ケンジは、浴衣姿のさつきと向きあっている。
ケンジ(M)「でも、子供の俺たちにとって、運命は残酷だった」
   ケンジ、驚いた表情をさつきにむける。
ケンジ「え、来週にもういなくなっちゃうの?」
   さつき、鳴きそうな顔をケンジに向け、
さつき「私、ケンジ君と離れたくない。もう、ひとりになるのは嫌!」

   〇

ケンジ(M)「だから、俺は彼女に行ったんだ」
   ケンジ、笑顔をさつきに向ける。
ケンジ「一緒に東京に行こう。明日の夜、スサノオ神社で待ってる」
   目を見開き、輝かせるさつき。
   大人びた雰囲気のさつきはきっと東京を経験しているに違いない。
   『東京に行けば僕だって大人になれるのかな』 
さつき「ケンジくん……」
ケンジ「だから、絶対に来て、さつきちゃん。俺は、さつきちゃんを見捨てたりしないよ!」
   さつき、笑顔になる。
さつき「うん。絶対に行く! 絶対にケンジ君と一緒に東京に行く。だからこれは、約束の証ね――」
   さつき、ケンジの頬を両手で包み込む。
   そのまま目を瞑り。ケンジにキスをするさつき。
   ケンジ、目を見開く。
   そっと、目をつぶるケンジ。
   2人の背後で花火があがる。
ケンジ(M)「初めてのキスはとても甘酸っぱかった……。遠くで、ずっと花火の音が鳴っていたのを覚えている」
      回想終わり。

   〇
  
   ケンジ、夕暮れの町を走る。
ケンジ(M)「約束の場所に彼女は来なかった」
ケンジ(M)「でも、俺の考えていることが本当だとしたら……」
  
   ケンジ、『福山』『スサノオ』『神社』で検索サイトで検索する。
   検索の上位には素戔嗚(スサノオ)神社がヒットしている。
   そして、次のページに出てくるのが、須佐能表(スサノオ)神社。
   それを見て、目を見開くケンジ。
 

ケンジ(M)「『スサノオ』『神社』で検索すると、『素戔嗚神社』が検索の上位に来る。さつきちゃんはきっと、俺たちが出会った神社の『須佐能表』の名前を知らなかったんだ。そのせいで、検索上位に来る『素戔嗚』神社を待ち合わせ場所の『スサノオ』神社だと勘違いしてしまった」
   ケンジ、走りながら表情を曇らせる。
ケンジ(M)「ずっと彼女は、俺のことを待ってたくれたんだ。なのに俺は……」
   ケンジ、走りながら前を向いて真剣な表情で、
ケンジ「待っててくれ。さつきちゃん。絶対に、今度こそ会いに行くから!」
ケンジ(M)「10年遅刻した。失われた時を取り戻すために、俺は走る。彼女の待っている素戔嗚神社へと。今度こそ果たすんだ。10年間、守れなかった約束を」

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