ひと夏のルグレ【第二話】【創作大賞2024漫画原作部門応募作】

   ひと夏のルグレ【第二話】
ケンジ(M)「さっと霧が晴れた瞬間…。僕は何かを思い出したような錯覚に陥った。目の前にいる初恋の女性が別人だと思い出す錯覚。錯覚…これは本当に錯覚だったのか?」

   〇

   ケンジの回想。
   ケンジ、ディスクで仕事をする。
ケンジ(M)「アミと再会したきっかけは、勤めていた出版社の取材だった」
   編集長がケンジに声をかける。
編集長「おーい!今井。取材に行ってくれないか?」
   ケンジ、驚いた様子で、編集長をみつめる。
ケンジ「え、俺がですか?」
編集長「お願いするよ。人手が足りないんだ。その代わり、すっごく美人な新人女優の取材だから」
   編集長、アミの写真を見せる。
   編集長、笑いながら、
編集長「な、行ってくれよ!」
ケンジ「はぁ…。美人ですか…」
   編集長、ケンジの肩を叩く。
編集「ほら!新卒だからこそ、チャンスは掴むもんだぞ!」
ケンジ「わかりました…。いきます」

   〇

   アミに寂しげな微笑みを向けられ、驚いた表情をするケンジ。
ケンジ(M)「初めての取材。それも新進気鋭の女優と会える。心躍る仕事内容なのに、俺はなぜか乗り気になれなかった…。でも…」
アミ「ひさしぶり。ケンジ君。待ちくたびれて会いに来ちゃった」
ケンジ(M)「俺はそこで、初恋の女の子と再会した」

   〇

   イルミネーションが輝く歩道を歩く二人。
   背後には東京タワーがある。
   アミ、前を見ながら、
アミ「東京で再会できるなんて夢みたい。本当、こっちに来て正解だった」
ケンジ「劇団の方はどうなったの?」
   アミ、ケンジを見て苦笑する。
アミ「とっくに解散してなくなってるよ。私が中学の頃に…。また、ケンジ君の町に行けるって、希望も打ち砕かれちゃった…」
ケンジ「ずっと、俺のことを想っててくれたの?」
   アミ、立ち止まる。
   驚いた様子で、ケンジも足を止める。
   アミの顔を覗き込むケンジ
ケンジ「アミ?」
   アミ、ケンジに抱き着く。
   ケンジ、驚く。
ケンジ「ちょっと、どうしたんだよ。アミ」
   アミ、泣きそうな顔をケンジに向ける。
アミ「忘れられるわけないじゃん。だって、初恋の人だよ。駆け落ちの約束までしたんだから」
   ケンジ、アミを抱きしめ返す。
ケンジ「アミ…」
ケンジ(M)「でも、どうして、待ち合わせの場所に来てくれなかったのかは聞けなかった。彼女が、とても悲しそうな顔をしていたから…」

   〇
   
回想終わり。
   ケンジ、ライカを連れて海辺の道を歩く。
   その前方にはアミが歩いている。
ケンジ(M)「俺たちは別れて、アミは自分の夢を選んだはずだ。なのに…」
   ケンジ、立ち止まる。
ライカ「きゅーん」
   ライカが心配そうにケンジを見上げる。
   ケンジ、辛そうな顔をする。
ケンジ「どうして、来たんだよ…。俺が、お前のこと引きずってないとでも思ったのか…」
   アミ、ケンジに振り返って苦笑。
アミ「ごめん。ケンジ君の気持ち考えてなかったかも…」
   ケンジ、立ち止まる。
ケンジ「嫌なことでも、あったのかよ」
アミ「うん。凄くたくさん。ケンジ君を選べばよかったなって、後悔してる」
ケンジ「アミ…」
   アミ、悲しげに顔を伏せて、
アミ「駄目だよ。ケンジ君。もうダメ…。私、無理だ」
ケンジ「なにがあったんだよ。そんな、思いつめて…」
   アミ、泣きそうな顔をケンジに向ける。
アミ「やっぱり、バチが当たった。あなたから、初恋を奪ったせいで」
ケンジ「え?それって…」
アミ「ごめんね、ケンジ君。私、あなたの初恋の女の子じゃないの」
ケンジ「アミ。なに言ってるんだよ」
アミ「私ね、両親が離婚して苗字が変わってるの。私の前の苗字は龍光寺。龍光寺アミが私の昔の名前」

   〇

ケンジ(M)「心にずっとかかっていた霧が晴れていく――」
   ケンジの回想。
   少年時代のケンジが須佐能表神社で少女と話している。
   ケンジは子犬のライカを抱いている。
ケンジ「ねえ、君の名前なんて言うの?」
少女「私、私の名前は――」
ライカ「きゃん!」
アミ「――ちゃん。どこ。ワンちゃんと一緒にいなくならないでよ」
   少女が、声のした方へと顔を向ける。
少女「あ、アミちゃんが呼んでる」
   少女、ケンジに笑顔を向ける。
少女「じゃあね!もういかないと!」
   ケンジ、ライカを抱き寄せ不安げに尋ねる。
ケンジ「また、会える?」
少女「うん。今度は君のいる町で公演があるから。そのときに会おう」
   ケンジ、少女から目を逸らして恥ずかしそうに、
ケンジ「名前、まだ聞いてない…」
少女「竹原さつき。竹原さつきだよ。ちゃんと覚えててね」
ケンジ(M)「そう。彼女の名前は、竹原さつき。どうして今まで、忘れていたんだろう」

   〇
   回想終わり。
   周囲は夕暮れに包まれつつある。
   ケンジ、アミを自分の体からそっと引き離す。
ケンジ「アミ。お前…」
アミ「そう。私は、初恋の女の子のなりすまし。あなたの本当の想い人は、別にいるの」
ケンジ「なんで、そんなこと…」
   アミ、今にも泣きそうな顔で、
アミ「羨ましかったから、さつきちゃんとケンジ君が。さつきちゃん、いつもケンジ君の話ばっかりしてた。私は、人見知りで学校なんて怖くて行けなかったのに、あの子ばっかり、ケンジ君と楽しそうにしてて…。いつか奪ってやろうって、ずっと思ってた」
ケンジ「アミ…」
   アミ、下を向いて泣きそうな顔で笑いながら、
アミ「あなたと一緒に福山へ戻れなかったのは辻堂へ行けなかったから。そこへ一緒に行くとすべてを思い出しそうだったから。でも、あなたを裏切ってまで、選んだ女優の仕事もダメそうだし…報いを受けてる…」
ケンジ「お前、本当に何があったんだよ」
アミ「終わらせに来たんだ。なにもかも…。でないと、ケンジ君を裏切った自分が許せない…」
ケンジ「終わらせるって…」
   アミ、真剣な眼差しでケンジを見つめる。
アミ「さつきちゃん。ケンジ君を待ってる。だから言ってあげて、約束の場所に…」
ケンジ「須佐能表神社のことか…。そこに、彼女が…」
アミ「そう。さつきちゃんは、ずっとそこでケンジ君を待ってた」
   ケンジ、ライカを見つめる。
ケンジ「その、ライカのこと頼んでもいいか」
アミ「うん。お留守番できるよね。ライカ」
   ライカ、嬉しそうに尻尾を振って、
ライカ「わん!」
   ケンジ、アミにライカのリードを渡す。
   アミ、リードを受け取る。
ケンジ「ごめんな、ライカ。散歩は中止だ。ちょっと、行ってくるから」
   ライカ、ケンジを見つめて、
ライカ「わん!」
アミ「いってらっしゃい」
ケンジ「ああ、行ってくる。それとアミ、今までありがとう」
アミ「私は、あなたを騙してたんだよ。なのに、お礼なんて…」
   微笑むケンジ。
ケンジ「君が好きだったことは本当だから」
アミ「ケンジ君」
ケンジ「だから、伝えてくれてありがとう」
   ケンジ、走り出す。
   その後姿を見つめるアミとライカ。

   〇
   
ケンジ、須佐能表神社に続く階段を駆けていく。
ケンジ(M)「10年前の今日。僕たちは待ち合わせをした。不思議と、迷いはなかった。アミを置いて、俺は初恋の子に会うために約束の場所にやってきていた」
   ケンジ、境内でさつきを探す。
ケンジ「さつきちゃん。どこ…さつきちゃん」
   さつきが見つからず、顔を曇らせるケンジ。
ケンジ「どこにいるんだ…」
ケンジ(M)「10年前の今日、俺たちはたしかに須佐能表神社で待ち合わせの約束をした。でも、彼女はいない。どうして…」
   チャイムの夕焼け小焼けが聞こえてくる。
ケンジ「え、もうそんな時間…」
   ケンジ、尻ポケットにしまっていたスマホを取り出す。
   スマホの面を見て、はっと目を見開くケンジ。
   スマホのホーム画面には見慣れたものが。
ケンジ「そうか…。」
ケンジ(M)「霧が晴れるように、長年の疑問が解けていく。俺と彼女は、ボタンを掛け違えるように、お互いにすれ違っていた。それに気が付くまで、こんなに時間がかかってしまっていたなんて…」
ケンジ「ここに彼女はいない。いるとすれば――」
   ケンジ、境内から走り去っていく。
   ケンジ神社の階段を駆け下りて、道を走る。
ケンジ(M)「彼女の待つ場所に走っていく。長年のすれ違いを解消するために。そうでなければ、俺は前に進めない…。心の底から、そう思った」
 
(続く)
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