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明け方よ早く来い

資格試験の勉強をするために早く帰ってきたものの、心がギリギリ死んでいたので、床に横たわったまま過ごしていたらこんな時間になっていた。

外からは静かに雨音が聴こえてくる。そろそろ梅雨だろうか。

そう思ったところで、弊宅自慢のルーフバルコニーにハオルチア(多肉植物)を置きっぱなしにしていたことに気づいたわたしはバッと起き上がり、3階への階段を駆け上がった。

ハオルチアとの出会いは、遡ること2ヶ月前。
神楽坂に住んでいた時に通い始めた病院(引っ越しても転院せずに通い続けている)に薬をもらいに行った帰りだった。

神楽坂駅から地上に出てすぐのところにあるラカグというおしゃれなショップの二階、広いスペースいっぱいにひしめく緑の中で見つけた。
かわいい多肉植物の中でもひときわ愛らしさを放つ個体を眺めていると、斜め後ろから低いけれど楽しそうに跳ねた声が聞こえてきた。

「多肉植物って、育てるのがすごく簡単なんですよ」

エスパーか?と思った。多肉植物たちを眺めるわたしの頭のなかでは「絶対枯らすもんな」と思っていたから。
このポップアップショップのスタッフとみられる、エプロンをつけたロン毛のお兄さんは、ニコニコとこちらを見ている。

「ローズマリーを枯らしたことがあるんですけど、大丈夫ですかね?」

恐る恐る尋ねると、ロン兄さんは鮮やかな笑顔で「大丈夫です!多肉は水をあげ忘れるぐらいがちょうどいいんですよ!」と言い切った。

水をあげ忘れるくらいでちょうどいいなら......と、私はかれこれ15分ほど眺めていたハオルチアを手に取り、これ下さいとロン兄さんに渡した。

丁寧に包まれたハオルチアちゃんを紙袋に入れながらロンさんは言う。

「多肉は、水あげすぎると溶けちゃうんで気をつけてくださいね!」

溶ける?多肉植物が?
困惑しながらもお礼を言い、そのままラカグを後にした。

そんなことを一瞬のうちに思い浮かべながら、階段を登った。1階から3階に駆け上がり、ゼエハア息を切らしながらルーフバルコニーへと繋がる窓を開ける。

ルーフバルコニーの真ん中にぽつんと佇むのは萎れたハオルチア。
すぐに家の中に入れ、様子を見る。萎れて入るけれど、変わったところはないようだ。

ハオルチアも、うちに来てしばらくは元気だったし、謎の茎を伸ばして花も咲かせていた。
しかし、数日雨が続いた時にダイニングのテーブルに置いて以来、元気がなくなってしまったのだ。
日中、陽の当たるところにいないと元気がなくなってしまうハオルチア。
午前中いっぱいは陽の当たるところに置いてくださいね、というロン兄さんの言葉を思い出し、それからは晴れている日は必ず、この家で一番陽が当たる時間の長いルーフバルコニーに置いていた。

しかし、未だかつての元気な姿を見せる様子はない。
神楽坂で暮らしていた時のわたしのようで、少し悲しくなっちゃうな。
あの時のわたしはどうやって元気になったんだっけ。
日記を読めば思い出せるけど、今はいいやと考えながら、ハオルチアを指でなでる。

何故ハオルチアがずっと萎れたままなのか分からず、でも調べるような気持ちの余裕もなく、ひたすらルーフバルコニーに放っておいていたのだ。かわいそうなハオルチア。
片手でハオルチアを撫で、もう片手で「ハオルチア しわしわ 何故」と検索する。

「うちのハオルチアがしわしわに萎んでしまいました。なぜでしょうか?」

なぞなぞみたいな質問だな、と思いながらベストアンサーまで一気にスクロールする。
水遣りが足りないのでは?粒度の小さい用土で、こまめに水をやった方が良いと言ったアドバイスに続き、絶望とも希望とも読める言葉で締めくくられていた。

「この種類は成長が早くないため、育て方を改善しても回復までは2年ほどかかるでしょう。新しいものを買った方が早いでしょう。」

2年?!
そうか、萎れるのは一瞬でも回復にはそんなに時間がかかるのか。人間と同じなのか。

6月、わたしが鬱で休職してからちょうど2年になる。
だいぶ回復したけれど、いまだ気持ちが強く(病的なまでに)落ち込むこともある。
わたしの完全回復まではまだまだ時間が必要だが、ハオルチアはがんばれば数年で回復するのか。
そう思えば、そんなに遠い道のりでもないように思える。

今までより一層丁寧にお世話するように気をつけるから、早くぷりぷりで元気な姿を見せてね、ハオルチア。

わたしも、自分のことをもっと丁寧に大切にしてやらねば、ね。

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