見出し画像

正解は人による

前に「社会人生活では正解はない」と書きました。書いた後、飲み屋で同僚と「正解はない」について話してみると、新たな気づきがあったので、共有してみます。

結論から言うと、「正解はない」ではなく、「正解は無数にある」の方が正しい表現に思えました。

例えば、提案資料を上司に見てもらい、上司から指摘されたとします。紹介資料などはある程度セオリーが決まっており、経験がモノを言うケースもあります。そのため、上司からの指摘は貴重なアドバイスです。ただし、その指摘が正解とは限りません。

この提案資料の正解は何でしょうか?
これを考えるために、提案資料の目的を考えてみます。提案書は、自社製品を理解してもらい、お客様に自社製品を買ってもらうことが目的です。
上司の指摘を修正した提案書を見て、お客様が買う気になるかもしれません。逆に、お客様が自分の年と近く、自分の感性の方が合っており、上司の指摘が的外れかもしれません。
仮に、自分の感性を信じて上司の指摘を受け入れずに突き進んで、お客様に自社製品を買ってもらえたとします。ただし、上司の指摘を受け入れなかったため、上司からの評価は悪くなってしまいました。この場合の正解は何だったのでしょうか?
売り上げで純粋に評価される人は、方法はともかく、結果的に自社製品を買ってもらえれば良く、上司の指摘を受け入れなかったことが正解かもしれません。逆に、売り上げ評価より上司の評価が査定に直結する場合は、お客様に良い印象を与えるより、上司受けを気にして、例え愚策な指摘でも、上司に言われた通り修正するのが正解かもしれません。この場合は、自分が何を求めるかによって正解が変わってきますね。

究極的に言えば、人生で何を求めるかによって正確は変わってきます。奥が深い。。

#仕事
#社会人になるための心構え
#外資IT

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?