DAY114 受け取れないわたしの前提に気づく。

今日はInstagramの記事から
そのまんま転載。

今日もゆるゆる投稿。

受け取り下手だなぁと
思うことはよくあるのだけど

それでも自分なりに
受け取っているつもりで
これまで生きてきた。

でも
自分から
与えようと思ったとき

わたしの中にある
受け取れない前提に
気がついた。


わたしが与えようとすると
受け取る人が重たく感じるのでは?
という怖れが付き纏っていた。 

わたしが与えたものを
受け取ってしまったら

相手がわたしに
縛られてしまうのではないか?
という思い込みだ。


わたしの与えるものが
相手を縛りつけるものになる
という前提だとするなら

わたしに与えられるものも
相手から縛りつけられるものである
ということになる。

何かを与える、受け取る

それが互いの足枷になる
みたいな前提だ。

これは厳密にいえば
愛する相手にしか発動しない。

特に与える側の思い込み。

受け取る側にまわるときは
時と場合によっては
真意が別にあるのかと疑ってしまう。

宇宙からのメッセージを
サインという形で受け取っている。

虹、雨、風、雲、数字など
ありとあらゆるものから
メッセージはやってくる。

その癖が裏目に出て
人間相手にも出てしまう
そんな感覚。

言葉や態度の裏にある
真意を見抜きたいと思ってしまう。

でも
ほんとうは

人間のウラなんて
別に見る必要がなくって

大切なのは
自分がどう感じたか?
というサインだ。


そう思うと
受け取ってるか否かよりも

ほんとうは
必要なものごとはすべて
既に受け取り済みである、と
思うほうが自然なのかもしれない。

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