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引き継いだ藍甕

藍染の師匠(Tさん)とのご縁をいただき、藍畑を始めて2年目。師が50年も使ってきた藍甕を譲っていただくことになりました。
しかし、その藍甕は師自身の手で土の中に埋めたとのことで、口の際までしっかりと土に囲われていました。

「僕が自分で埋めたんだから、それを掘り起こせばいいだけ」

そうおっしゃるTさんですが、50年も使い続けて固く赤い土にしっかりと固定された甕を、私自身の手で掘り起こすことができる気がしなかったので、うちの母屋を改修した時にお世話になった工務店の方にお尋ねして、甕の掘り起こしと石徹白までの移動をお願いしました。

さあ、今日が掘り起こしの日。朝10時に師の自宅に集合し作業が開始されました。もう使われなくなった藍甕には、トタンの板のようなもので蓋をされ、久しく日の目を見ていない状態のようでした。

まだ小さな次男を抱えて行った私は、2トントラックに乗ってやってきた工務店のお二人に説明をして、作業が始まりました。ツルハシで周りの土を掘って行くのですが予想通り、大きな甕はなかなか掘り起こすことができず、時間がかかりました。

役に立たない私は、その作業を次男を抱っこして眺めていました。Tさんは静かに、私と一緒に作業を見ながら立ち尽くしていました。

その時彼は何を思っていたんだろう、と今になって考えています。私はこれから始まる藍染のことにワクワクしていましたが、彼にとっては50年も付き合ってきた当たり前にそこにあった藍甕が掘り出されようとしている。

もう今後使う予定はないとはいえ、相棒として働いてくれた藍甕たちがそこからなくなるということはどういうことなんだろう・・・

そんなことを考えている時に、何か鈍い音が聞こえました。
バキっ、バリバリバリ。

小さな音だったかもしれませんが、私にはとても大きく聞こえました。何が起きたのか驚いて、工務店の方の手元を見ると、なんと・・・藍甕にヒビが入っているではありませんか!

藍甕が出てこないのに焦ったのか、藍甕が陶器で割れ物なのに金属のように見えたのか、工務店の方は硬い道具を使って半ば無理やり引き出そうとしたようで、藍甕の口から20センチほど下のところに大きなヒビが入ってしまったのです。

!!!!!

「Tさん、大変!あんなところにヒビが入ってる・・・!」
すぐさまTさんと私は近寄って甕のヒビを確認しました。

なんてこと・・・どうしてこんなことが・・・

誰かに任せたのが間違っていた。私が手で掘り出せばよかった。取り返しのつかないことが起きてしまった・・・泣きそうになったけど私が今泣いたって仕方ない。とにかく、全ての作業を見守るしかない・・・工務店の方も真っ青でしたが、とにかく予定通り4つの甕を引き上げるために、今度は焦らず一つ一つ掘り出しました。

地中深く埋められていた甕の全貌が明らかになりました。甕は深さ1メートル以上ありました。口径は80センチほど。なんて大きなものが土に埋められていたんだろう。掘り出すのが大変なのも致し方ない・・・男性2人かかって、4つの甕を掘り出すのに3時間ほど要しました。

その間、やはり私と師は作業を眺めるしかありませんでした。
割れた甕はどうしたらいいんだろう。何か修繕する方法はあるのだろうか・・・そんなことを考えていると、Tさんは、

「もうだめだな。甕は4つでセットだ。一つでも割れたら、もうだめだ」

と呟きました。

ええ???もうダメってどういうことだろう・・・使えないってこと?染められないってこと??

私はあまり具体的なことは怖くて聞けなくて、とにかく作業が終わるのを待ちました。

最終的に割れてしまった甕も含めて4つ全てが、2トントラックに積み込まれ、しっかりとロープで固定されました。昼過ぎくらいになってからようやく出発し、4つの甕は石徹白の地へ運ばれて行ったのです。

藍甕は無事に石徹白に到着し、設置予定の場所に仮置きされました。工務店の方と相談して、空いていたスペースを使って藍小屋建設について相談しました。割れてしまった甕は何かしら接着剤などを使って直せるのではないか、と工務店の方は前向きでした。

翌日、私は再びTさんを訪れました。「昨日はありがとうございました。無事に藍甕は石徹白に運ばれました。」甕を掘り出した場所をあらためて確認しに行くとぽっかりと穴が空いていました。ずっとそこにあったものがなくなってガランとしていました。

いつものようにTさんは私を家にあげてくださって話を始めました。

「馨生里さん、藍甕は4つで1セット。一つが割れてしまったからもう使えない。残念だけど、僕はあなたに藍染めを教えられないし気持ちも切れてしまった。」

「でも、4つのうち、1つしか割れていないし、その1つもどうにかして直せるかもしれません!」

「藍の液が万が一漏れてしまったらどうしようもない。せっかく始めるのに割れた藍甕で始めない方がいい。」

「・・・」

「藍甕は4つで1セットだ。あの藍甕が一つでも割れしまったらもうだめだ。」

えぇ?!じゃあ、あの藍甕は全部使えないの・・・?どうしたらいいの・・・?私は途方に暮れてしまいました。

とはいえ、いつも暖かなTさんは、藍畑のことだけは変わらずに教えてくださって応援してくださいました。「乾燥葉が100キロたまったらすくもを作ろう」そう言ってくださって、藍染を葉っぱを育てることからやる大切さをいつも語ってくださったのです。

藍甕が割れてしまって、でも4つの藍甕は石徹白にあって、けれども、その藍甕は全て使えない。そんな状況の中で、私は何かできることはないかと考えて、Tさんに提案しました。

「Tさんはもう藍染されていないけど、藍染された作品と、藍甕を並べて展示をさせてもらえませんか?もう藍甕を使えないとしても、その姿を誰かに見てもらいたい」

洋品店の小さなギャラリーで企画展示会を細々と続けていたので、Tさんの展示会を開かせてもらいたいと思ったのです。

「この暖簾くらいしかもうないけど、それでよければいいよ」

Tさんは独立後、ずっと奥様とお二人で畑からの藍染をやってこられて、たくさんの作品を作られては、展示会をして販売し、それで家計を支えてこられました。本当に素晴らしい作品がたくさんあり、郡上の中でもTさんの作品をお家に飾っている人が何人もいるので、それを見せてもらうこともよくありました。

でも、奥様がお病気になられて亡くなってからもう藍染もやっていないし、一般的には作品を見る機会がないので、これを機に若い人にもTさんがやってこられたことを知ってもらえたら、という思いもありました。

私はTさんにお借りした暖簾をギャラリーに展示し、その直下に、割れてしまった藍甕を置きました。あたかも、甕から暖簾が引き出されているかのような展示をしたかったのです。

展示を始めると、Tさんに藍畑を教えてもらっている仲間たち、藍染に興味のある人、移住した仲間たちなどたくさんの人が見にきてくださって、Tさんの作品の素晴らしさを知りました。小さな企画でしたが展示会をやらせてもらえたことはとてもありがたかったです。甕を割ってしまったのに、こうして素晴らしい機会を与えてくださって、Tさんの器の広さにいつもながら学ぶことばかりでした。

Tさんも何度か展示を見に来てくださいました。けれど、きっと露出して土から出た藍甕を目の当たりにしたからか・・・

「馨生里さん、やっぱり藍甕は土の中にあるものだ。こうして外に出されてはいけないと思う。僕の藍甕は全部山に埋めてくれ」

と言われました。

え・・・?!山に埋める・・・?!

私はびっくりしました。どうやって山に埋める・・・しかも、まだ使えるのもあるのに、4つとも埋めてしまうの・・・?!

いろんなことが頭を巡りましたが私は何も言えませんでした。やはりTさんの大切な相棒である藍甕なのだから、彼のいう通りにしなければならないように思ったのです。


私はどうしたらいいのか悩みました。
「Tさんの藍甕が使えなくなったので、やっぱり藍染めするのをやめておきます」なんて思えないし、そんなのカッコ悪すぎる。そんなこと言えない。
私の気持ちはもう藍染をやることに決まっている。

もしかしたら、Tさんの藍甕は難しくても、違うものでも藍甕を据えたら、Tさんが気持ちを持ち直して、藍染も教えてくださるかもしれない!

そんな小さな希望を抱きました。

藍甕をどうやって手に入れたらいいのか・・・。今の時代便利なもので、インターネットで検索したら簡単に出てきました。藍甕を徳島で受注生産で焼いている窯元さんがあったのです。ちょっと拍子抜けしましたが、早速電話して詳細を聞いて、注文することにしました。

確か3ヶ月ほど待って藍甕が焼き上がりました。4つも新品を調達するので結構な出費でしたが、今後のために貯金していた定期預金を解約することでなんとか賄うことができたのが幸いでした。

工務店さんと相談して、この新しい藍甕をどうやって土に埋めるか、どういう構造にするといいのか検討しました。Tさんの藍の甕場を参考に、そして、それよりも何年か前に半年間藍染の勉強に通った方の藍の工房を見学にお邪魔したり、資料を探したりしながら、据え置き方と工事の方法を決めました。

そして私は、ここにTさんの藍甕を埋めることに決めました。埋めるというのは、新しい藍甕の下に、Tさんの藍甕を埋めるということです。

工務店さんに相談すると、そのままの形は無理だけど、細かく砕いて敷き詰めて、その上に新しい藍甕を入れるのであればできるということでした。

藍甕を砕くなんて、そんなことできない・・・と思い、Tさんに相談に行きました。藍甕が割れてしまってもう使えなくなったけど、やっぱり藍染めがしたいから新しい甕を注文したこと、新しい藍甕の下にお守りとしてTさんの藍甕を入れたいけど、そのままの形では入れられないこと。

Tさんは「山に埋めるとしても細かくしなければ埋められないのだから、それでもいいよ。」と許してくださいました。

藍甕を割ってしまったことも、藍甕を細かく砕くことになってしまったことも、今でも思い出すだけでやりきれない気持ちになるけれど、きっとTさんはもっともっと、やるせない気持ちなのかもしれないと想像しています。だから本当だったら、私がTさんのところに顔を出すこと自体憚られる・・・けれど、Tさんは本当に温かくて、いろんなことがあっても私を受け入れて応援してくださることに甘えて、今でもさまざまな教えをいただきにお邪魔しています。


藍甕を埋める工事は、左官屋さんと相談しながら進みました。埋めるのに使う土は粘土質の赤土がいい、4つの甕の中心は保温のために空洞にするから、竹で枠を編んでそこに土を塗っていく・・・職人さんの技術に惚れ惚れしながらも、注意深く工事を見守りました。藍甕を割った反省から、できるだけ近くで作業を見て、何か気になったことがあったらすぐに止めるということも、私が学んだことでした。

この工事はTさんを紹介してくださったSさんをお誘いして地鎮祭を行ってから始まりました。彼女は「いろんなことがあるけど、こうして馨生里さんが藍甕を持たれるのはとっても嬉しい。私もいつか染めさせてね」といつもの笑顔を見せてくれました。

これまでの経緯を全て伝えていたので、この状況も、そしてTさんの心中も、私の心中も知ってくださっていて、私は精神的にとっても頼りにしていました。

こうして、私は藍甕を無事に据えることができました。Tさんの藍甕の上に・・・。しかし、藍甕を据えることができても、藍染めをすぐに始めることができるとは限りません。しかも、まだまだ藍の葉っぱを育て始めてから2年。葉っぱも足りないし、藍染の染料となるすくももない。かつ、藍建てを教えてくださる方もいない・・・。

大きな流れがあって、勢いづいてここまで来たものの、これからどうしていこうか、と何も決まっていない状況だったのです。

今思うと、なんて衝動的で、なんて無計画なんだろうと呆れてしまうのですが、出会いとは不思議なもので、ものすごいタイミングでまた次の展開が起きていくのです。

続きは次のnoteに書きました。長くなってしまいましたが、読んでくださってありがとうございます。


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