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ユタ州で野球映画を製作すると:日本未公開野球映画を観る(26)

Pitching Love and Catching Faith(2015)
Romance in the Outfield: Double Play(2020)

※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。

マウンド上でのハッピーエンド

 野球選手とソフトボール選手のラブロマンスの連作。主人公の野球選手は役名も俳優も同じで、5年の間にカレッジからプロに進んでいるが、女性の登場人物については齟齬があり、ストーリーが連続しているとは必ずしも言えない面がある。
 主人公タイラーは、第1作Pitching Love and Catching Faithではエンジェルスから誘われている強打者で、ソフトボールチームの投手ヘザーとの交際をめぐってドラマが展開する。彼は未だにキスをしたことがなく、ヘザーは初めてのキスを狙う一方、タイラーはプロ入りのためにヘザーとの交際を利用しようとする。しかし、次第に本当に愛し合うようになった二人が互いの想いに気づき、マウンド上でチームメイトに祝福されながらキスをするのがラスト。
 第2作Romance in the Outfield: Double Playでは、メジャーリーガーになったタイラーが肩を傷めて故郷に帰り、カレッジのソフトボールチームの指導を手伝うという設定。チームのコーチであるケンジーとは過去に経緯があり、想いが再燃していく。経緯とは、タイラーがひざまずいてプロポーズしているときにエージェントからかかってきた電話に出てしまい、怒ったケンジーが去って別れたという顛末。ケンジーはタイラーが初めてキスをした相手とされており、前作のヘザーのように思えるが、第2作でヘザーは、ケンジーと別れた後につきあいながら事故死してしまった女性とされている(回想シーンの女優も別人)。とはいえ、こちらも最後はタイラーとケンジーがマウンド上でキスをして終わるハッピーエンド。

もうひとつの性格

 このようにまとめると他愛ないラブロマンスのようだ(し、実際そうである)が、この連作の性格はそれだけではない。というのは、クリスチャン映画のようにも見えるのだ。第1作にはタイトルにfaith(信仰)という言葉が入るし、両作ともキリスト教的な価値観を表すセリフや教会のシーンがいくつか出てくる。
 しかしながら、明確なキリスト教的メッセージを伝えているようには見えない。ネット上の紹介を見ても、クリスチャン映画としているものもあれば、ロマンスに分類されていることもあり、ユーザーレビューには「これはクリスチャン映画なのか?」といった記述もある。
 ラブロマンスなのかクリスチャン映画なのか、という二者択一にあまり意味はないだろう。むしろ、やや不思議なこの連作を読み解く鍵は、ユタ州で製作され、そこを舞台としていることにある。
 そう、ここでのキリスト教とはモルモン教のことである。人口の6割をモルモン教徒が占め、アルコール販売の規制などモルモンの教義が公私にわたって広く浸透しているユタ州が舞台の両作において、モルモンの教義や価値観が登場人物に影響するのは必然である。タイラーがキスをしたことがないのは、「本当に愛する人が現れるまでとっておきなさい」という母親の教えを守っているからだが、その背後には当然「純潔」を重んじるモルモンの教義がある。
 とはいえ、この教義にどれだけ従うかは様々である。ヘザーは積極的にキスを狙いに行くし、二人での食事の前にタイラーがお祈りをしようとしたとき「ここは教会じゃないのに」と呟いたりする。タイラーにしても、故郷では教えを守ろうとしているが、メジャーリーガーとして都会で暮らしていたときも同じだったかは何とも言えない。モルモン教徒でも若い男女の感情や衝動を抑えるのは容易でなく、そもそも「純潔」の教えも、もともと一夫多妻を認めていたモルモン教が、アメリカ社会のマジョリティとの軋轢の末にこれを改め、逆に厳しくなった結果としての教義であり、無理や揺らぎはあって当然だろう。
 そうしたモルモン教徒やユタ州の現実を映しているのが両作であり、キリスト教(モルモン教)の教えを伝える映画ではなくても、クリスチャンの生活や恋愛をユタ州で描けばこうなる、ということだと思われる。第2作の冒頭にはタイラーの妹ティファニーが自分の結婚式から逃げ出すというエピソードが出てくるが、その動機として「みんなを喜ばせる理想的なクリスチャンとして生きるのが息苦しくなった」という意味のことを語る。こうした疑問に明確な答えが出されていない点でも、狭義のクリスチャン映画とは異なる。
 もっともこのエピソードは、ウェディングドレス姿で教会から飛び出してきたところに野性的でダンディな男(チェイス)が運転するUberが停まっており、行き先も告げずにその車で一緒に逃げるという、現実離れというか、ギャグかと疑うような展開を見せる。こうした突っ込みどころや、特に第1作に顕著なチープな演出、話のつながりや人物の関係のわかりにくさなどが目立ち、作品としての完成度は決して高いとは言えない連作である。

ユタ州における野球

 両作における野球の扱われ方はどうか。野球選手とソフトボール選手が主人公で、出会いが投手対打者の「対決」だったり、ラストがマウンド上でのキスだったりと野球の占める位置は大きい。

注:この冒頭と結末は両作に共通しており、連作なのかリメイクなのかをわかりにくくしている。両作を別タイトルの同一作品と誤記しているサイトすらある。タイラーの身分がアマチュアからプロに変わっているので年月を経た続編と見るべきだろうが、冒頭に記したように、続編としては齟齬もある。

 しかし、そもそも彼らがどういうチームに所属しているかもはっきりしないし、第2作の最後にはケンジーの投球がタイラーの傷めている肩を直撃し、結局野球はやめるなど、野球自体が大切に扱われているとは言えない。
 ただ、ソフトボールの場面の背後に広がる風景や空は雄大で美しい。残念ながらユタ州には行ったことがないが、ユタをはじめとする北西部山岳地帯はアメリカ本土の中でも特に美しい(かつ、人が少ない)ところで、このように広々とした土地の天然芝のフィールドでやる野球の気持ちよさは画面から十分に伝わる。
 そんなユタ州のプロ野球チームとしては、AAAパシフィックコースト・リーグのソルトレーク・ビーズ(エンジェルス傘下)と、ルーキーリーグであるパイオニア・リーグのオグデン・ラプターズ、オーレム・アウルズの計3つがある(2020年時点)。パイオニア・リーグはいずれも大自然に囲まれた8つの小さな町にフランチャイズが点在するが、マイナーリーグの再編に伴い、2021年シーズンからは「MLBパートナー・リーグ」としてメジャー球団との直接の提携関係を持たない形になり、オーレムのフランチャイズは隣のコロラド州北部に移転する。
 最後に、モルモン教徒のメジャーリーガーとしては、ハーモン・キルブルー、デニス・エカーズリー、ジャック・モリスという3人の殿堂入り選手をはじめ、ジェフ・ケント、ロイ・ハラデイ、現役ではブライス・ハーパーなど多彩で、モルモンの教えと野球は相反しないようだ。ただこれらの選手はすべてユタ州以外の出身で、この州で生まれて最も実績を挙げたのは1980〜90年代に145勝したブルース・ハースト(やはりモルモン教徒)にとどまる。また、モルモン教の名門大学であるブリガムヤング大出身のメジャーリーガーは、上述のモリスをはじめこれまでに30人以上いる。

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