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少年野球をギャンブルに?:日本未公開野球映画を観る(56)

All Square(2018)

※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。

金を賭ける親たち

 本作も舞台は少年野球だが、少年野球が「テーマ」とは言えないかもしれない。とはいえ、他に例がない展開を見せ、独特の味わいのある作品だ。
 独身の四十男ジョンはボルティモア近郊の小さな町のもぐりのスポーツギャンブルの胴元で、誰もが知り合いであるような町の人々を相手に少々後ろめたい商売をしている。彼に借りのある客も多く、返す気がないと見るとジョンは家に忍び込んでテレビや飼い犬を持ち去ったりする。この稼業は年老いて何もできなくなった父から引き継いだものだが、最近はインターネットのギャンブルサイトに客をとられ、稼ぎは減っている。
 ある日バーで昔一回だけ関係を持ったことのある高校の同級生デビーと再会したジョンは、彼女の家に泊まった翌朝、一人で留守番をする息子のブライアンに頼まれて少年野球の球場まで送ってやる。ブライアンはメジャーリーガーを夢見ているが才能に乏しく、初めて登板した日に打ち込まれる。しかしジョンはブライアンに情をかけ、ピッチングを教えるばかりか、チームのコーチに金を渡して試合に出させたり、彼を馬鹿にするチームメイトを殴れるように知恵をつけたりする。ジョンはかつてブレーブスにドラフトされてプロ入りしたが、父が殺人を犯したことでキャリアを断念したという過去があるのだ。
 そんなとき、ブライアンから対戦相手の選手の話を聞いたジョンは、少年野球を賭けの対象にすることを思いつく。親が離婚しそうだとか学校でどうだとかいった選手の情報をもとにオッズを決めるのだ。始めてみると親たちをはじめ町の人々は子どもたちの野球に賭けて熱狂するようになる。しかし自分のチームの負けに賭けてわざと負けさせるコーチや、子どものチームの勝ちに賭けて打たれた子どもをきつく責める親が出てきて、ブライアンはジョンにこのビジネスをやめるよう頼む。そしてとうとう親たちの乱闘が発生。リーグ戦はキャンセルとなる。
 ジョンは恨みの積もった客たちに自宅を襲われ、金庫の中の有り金を奪われる。デビーには所詮気まぐれで父親代わりを気取った無責任な男だとなじられ、父からは殺したのは母の浮気相手だったことを聞かされる。結局何もしてやれなかったとブライアンに詫びていくらかの金を渡すと、ブライアンはそれでもジョンがしてくれたことに感謝する。ラストは、球場のフェンスにあるリーグの「殿堂」に記された自分の名前をペンキでブライアンに書き換えるジョン。

定型外の主人公と不遇の少年

 本作の面白さはまずジョンという人物、そして彼とブライアンの関係にある。
 ジョンは一言で形容できない、定型外の人物である。彼の稼業は決して褒められたものではなく、明らかに犯罪にあたることまでしているが、それぞれ理由や言い分はある(取り立て代わりに盗むのは、金を返さずに新しいテレビや車を買うような客からだし、そんな客でも犬がいなくなって子どもが泣いていると言われれば返してやる)。野球との関わりも、ゲームへの純粋な愛といったものには見えないし、金にものを言わせたり金を賭けさせたりときれいではないが、それに乗ってくるのは少年野球に「純粋に」関わっているはずのコーチや親たちで、ジョンはそうやって儲けた金で不遇のブライアンを助けている。
 冒頭にテレビや犬を盗むシーンがあり、以後少しずつ彼の素性や過去がわかっていくのだが、それによって「実はいいやつ」とか「悲運の元プロ野球選手」という定型的なキャラクターが見えてくるわけではない。プロ野球を去ったのは結局実力がなかったからだということも明らかになる。
 そのジョンがブライアンを助けようとしたのはなぜなのか。ブライアンは人柄も素行もあまりよろしくないシングルマザーに放っておかれている不憫な子で、しかも女の子と見紛うほどきれいな顔をしている。そんな少年が野球が大好きなのにあまりうまくなく、チームでも居場所がないとなれば、ジョンならずとも助けてやりたいと思うだろう。ブライアンはジョンの策略で試合に出られるようになり、少しはうまくもなるが、当のジョンが試合をギャンブルにしたせいで、打たれた投手が親になじられる羽目になる。試合後にその場を泣きそうな顔をしながら通り過ぎるブライアンはなんとも切ない。
 このように「はぐれ者」同士のジョンとブライアンが関わり、結局ハッピーエンドにはならない本作が感じさせるのは「乾いたペーソス」とでも呼べるようなものだ。ペーソスという言葉は近年聞かなくなったが、哀愁とか哀感に幾分かのおかしみやしみじみとしたニュアンスが加わった言葉だったと思う。チャップリン作品が代表だが、本作の場合、ジョンはそこまでウェットではなく、悪党の顔もあってドライな印象を与えるが、実は哀しみが垣間見える。その微妙なバランスが本作の魅力になっていると思うのだ。

勝利への執着のカリカチュア

 本作でもうひとつ目を引くのは、少年野球に入れ込む親たちへの皮肉である。以前紹介したDealin' With Idiotsはこれを皮肉ろうとして失敗したが、本作はわりとうまく描いている。
 子どもの野球に入れ込みながらその勝ち負けに金を賭け、子どもより金が大事になってしまっている親たち。そもそも少年野球の親たちというのは、周囲から見るとやや変な、理解し難い人たちに見える。筆者もかつてそのように見ていたことがあるし、当事者になってみても、そういう視線はなんとなく感じる。そのへんはアメリカでも大差ないようで、だからこそ本作やDealin' With Idiotsはそれを皮肉ろうとしたのだろう。
 親たちの「変さ」は、親バカとかいうよりも、つまるところ勝利への過剰な執着なのだと思う。子どもが楽しく野球をやっているだけでは満足できず、勝つこと、他の子や他のチームより優ることをひたすら願い、追い求めるあまり本末転倒になってしまうことは現実によくある。本作でのギャンブルも、試合に金を賭けているだけで基本的には同じことだ。
 勝利には悪魔的な魅力があり、一度それを味わうと虜にならずにいるのは難しい。そして勝利は、ギャンブルという形でなくてもしばしば金につながる。本作はそれをより見えやすく描いたカリカチュアだ。ギャンブルによって親たちがスポイルされたのではなく、彼らのもともとの志向性をギャンブルが可視化させたのだ。

補足

 題名のAll Squareは「貸し借りなし」という意味で、ブライアンがジョンに10ドルを渡して「これで貸し借りなしだよね」と言うシーンがある。
 上のタイトル写真は左がジョン、右は少年野球リーグのコミッショナーで地方選挙に出馬予定のマットという嫌味な男。リーグを賭けの対象にするのをやめさせようとするが、ブライアンの母親と関係を持っていることをジョンに知られている。この写真ではライバル的に並べられているものの、そこまで重要な登場人物ではないと思う。


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