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子ども時代に戻って少年野球を:日本未公開野球映画を観る(50)

The Last Home Run(1996)

※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。

5日間の子ども時代

 年老いた元医師が5日間だけ子ども時代に戻って少年野球をしたいという夢を叶えるファンタジー。
 フロリダの老人ホームで暮らす80歳前後の元医師ジョナサンは心臓の不調を抱えているが、ホームの向かいのグラウンドでプレーする少年野球チーム「ジャイアンツ」のジェニーと知り合う。子どもに戻ってこの子たちと野球ができるなら何でも手放す、と言うのを聞いた同じホームの親友エマは、「ミスター・カシオ」という謎の日本人に電話して、この夢を叶えてもらうことにする。
 12歳に戻ったジョナサンは外野手としてジャイアンツに加わる。彼は子どもなのに一人でホテル住まいをしていたり、ジョー・ディマジオがまだ生きていると言い張ったり、映画に行った帰りの車で産気づいたジェニーの母を無事出産させたりと不可解な行動をとるが、なぜなのか自分でも説明できない。練習中に火災が起きた老人ホームに突入してエマを助け、彼女の甥であるデーブ・ウィンフィールド(引退直後の本人が演じている)がお礼を言いに来るという出来事もあった(エマが「ウィンフィールドは甥」と言うのをホームの老人たちは誰も信じていなかった)。
 最後の日。ジェニーの父であるコーチはいつも選手を怒鳴りつけており、ジョナサンは老人だったときからそれを見ていたが、優勝を決める試合前の円陣で発言を求め、「一度しかない子ども時代に、勝つことも大事だが野球を楽しみたい。怒鳴ったり罵倒しないでほしい」と提案する。これを受け入れて態度を変えたコーチのもと、試合は大接戦に。最終回、子どもでいられる期限の6時が迫るなか、フェンスを超えれば逆転サヨナラホームランという打球をジョナサンはホームラン・キャッチ。フェンスの向こうに転げ落ちたとき、彼は老人に戻っていた。
 ジェニーへのメッセージを書いたウィニングボールを彼女の弟に託してジョナサンがホームに帰ると、少し前にエマが亡くなったと聞かされる。ミスター・カシオに夢を叶えてもらうためには代価を払う必要があり、かつて姉がそれを払ってくれたエマは、今度は親友のために命を差し出す決心をしていたのだった。

あり得ない設定と現実的な描写

 過去をやり直したいという願望が5日間だけ叶うという設定で本作のストーリーは展開する。歳をとると誰しも多かれ少なかれ抱く、決して叶わない願望だが、ジョナサンが「子どもとして」野球をしたいのは、大恐慌後の貧しい時代で野球などできなかったからで、単なるノスタルジーではないところが共感できる。またジェニーは彼の急死した娘と同じ名前で、ホームで悠々自適に暮らしてはいても、いくつも傷を背負って老境を生きていることが示唆される。
 チームではいろいろなことが起きる。ジョナサンを攻撃する投手のトミーは、親が離婚したという痛みを抱えており、仲の良かったジェニーがジョナサンに惹かれるのも面白くないが、野球の記録にはやたら詳しい。がみがみ怒るコーチはアメリカにもおり、子どもたちは困っているが、娘のジェニーが言うように彼は決して悪い人間ではなく、家族と子どもたちをちゃんと愛している、といったエピソードの数々。
 このように、現実にはあり得ない設定と、地に足がついたチームの描写のバランスが良く、期待以上に引き込まれる。あと、ジョナサンは老人ホームでエマをはじめ多くの友人と良い関係を築いており、一緒に野球(の真似事)をしたりしている。日本では(特に男性は)考えにくい状況で、アメリカでもどれだけ普通のことかわからないが、孤独な老人ではないジョナサンは、夢の少年時代から戻ってもちゃんと居場所があるのだ。

知られざる佳作

 このように内容が面白く、後述のようにキャストもそれなりに華があるにもかかわらず、本作はほとんど知られていない。完成後いくつかの映画祭で上映されたが劇場公開には至らず、まもなくビデオ(VHS)が発売されただけで、ネット上にはほとんどレビューが見当たらない。内容に踏み込んだ紹介や批評は、2001年までのアメリカ野球映画をかなり網羅した"The Baseball Filmography:1915 through 2001"がほぼ唯一のようだ。そこでは、本作やFinding Buck McHenry(2000)のような隠れた佳作に光を当て、逆に『モンキー・リーグ/史上最強のルーキー登場』(1995)や『ザ・ファン』(1996)のようなメジャーな駄作もその「価値」に相応しい扱いをするべきだ、と書かれている。
 とはいえ本作は、無料動画配信サービスのTubiのコンテンツに最近加わったので、少しは知られるようになるだろう。 

 最後にキャストについて。
 コーチ=ジェニーの父はエクスポズから初めて殿堂入りした捕手のゲーリー・カーターが演じており、本人役のウィンフィールドとともに本作には殿堂入り選手が2人出演している。カーターの出演は、92年に引退してからこの年までフロリダ・マーリンズのテレビ解説者を務めていたことが理由だろう。以前紹介したThe Man from Left Field(1993)と同様、マーリンズが新球団だった頃のフロリダが舞台の本作では、ジャイアンツと決勝で対戦するチームはマーリンズという名で、この球団のユニフォームを着ている。ジャイアンツの方は赤のピンストライプで、SFジャイアンツとは全く似ていない。
 また、子どものジョナサンを演じるトム・グイリーは本作の3年前に『サンドロット/僕らがいた夏』(1993)の主役でデビューしており、再び少年野球の選手を演じたことになる。その後の出演作を調べると、11年後の2007年には以前紹介したBlack Irishに出ているが、ここでは野球選手をめざす主人公にアンビバレントな態度を取る不良ぶった兄の役で、野球をするシーンはなかったと思う。

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