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作詞家かませ虎の歌詞の魅力〜歌い継がれる名曲の考察を添えて〜

先日の東方イベントの物販で隣から聞こえた「最近のファンってかませ虎さん知ってるのかな?」という発言。
それを聞いて私は、古くからのファンとして最近のファンに歌詞の素晴らしさを伝えねばならないと感じこの記事を書き始めた。

この記事では現在まで歌い継がれる名曲を例にいかに素晴らしい歌詞なのかを伝えたいと思う。

かませ虎とは?

まずはじめに「かませ虎」とは誰なのかについて説明していきたい。
「知ってるよ」という方は読み飛ばしてもらっても大丈夫だ。

かませ虎は『色は匂へど散りぬるを』や『月に叢雲花に風』等、幽閉サテライトや少女フラクタルの代表曲達の作詞を担当していた作詞家である。
最近の曲ではほとんど登場していない為、古めのCDの歌詞カードを見てみると書いてあるはずだ。

『悠久の月に照らされて』や『瞳に隠された想ヒ』等の東方キャラを連想させる失恋ソングや、ライブのステージ上での跳躍力も素晴らしいが、東方作品への理解もかなり深いと感じられる。

その例を挙げていこう。

『彷徨いの冥』

この曲のモチーフは原曲からも分かる通り、
西行寺幽々子である。
まずは幽々子のキャラクター設定について振り返っていこう。

幽々子の登場する東方妖々夢は、幽々子が幻想郷の春を集め「西行妖」の封印を解こうとする話である。

果たして幽々子が封印を解きたかった「西行妖」とは何なのだろうか?

幽々子は1000年ほど前は元々西行寺家の令嬢として生きていた。しかし、死霊を操る程度という他の人にはない特殊な能力があったのだ。彼女の父親は歌聖として名高い人物だったが、死期を悟り見事な桜の木の下で永遠の眠りについた。だが、それ以来その桜はますます見事に咲き誇り、多くの人を魅了し、多くの人が永遠の眠りにつくようになった。そしていつの間にか妖力をもつようになった。

また死霊を操る程度の能力に加えて、死に誘う程度の能力を持つ様になり、簡単に人を死に追いやる事が出来るようになってしまった。そのため、彼女はその自分の能力を煩わしく思い、妖力を持った桜の封印として自尽した。この封印した桜は現在の「西行妖」のことである。
Wikipediaより


要約すると「西行妖」は幽々子の父が死んだ場所であり、その後も多くの人が後を追うように死んでいき妖力を持った桜である。

そして幽々子は自らの命を使い「西行妖」を封印し、亡霊として幻想入りした。
しかし幻想入りした事で記憶を失い、自分が封印した「西行妖」を復活させようとした異変が東方妖々夢のストーリーとなる。


西行寺幽々子というキャラクターについて理解したところで『彷徨いの冥』のMVを見てみよう。

手のひらでは抑えきれない涙
最愛であり唯一の理解者

旅立ちます 貴方の住むセカイへ
勝手だと叱られるのは承知です

満開の麗華に見惚れて
この身 静かに散らせましょう

芽生え終えた生命よ
死に逝く意味見つけたか?
すべてを理解は出来ぬから
黄泉の国で語りましょう

前述の幽々子のキャラ設定を読んだ方なら「手のひらでは抑えきれない涙」に込められた意味がお分かりでしょうか?
たった1フレーズで、多くの人を死に誘ってきた「西行妖」に対する幽々子の感情が伝わってきます。

また、この歌詞では幽々子が幻想入り前から紫と知り合いという設定であり、「最愛であり唯一の理解者」とまで言われています。

「貴方の住むセカイ」=「幻想郷」の事で、幽々子は自らの命を絶つ事で幻想入りする事を理解している様子です。

1番では「幽々子の決意と幻想入り」までが描かれています。
その後どうなったかは2番を見て見ましょう。

妖に染まって
記憶散って
これで良かったと思う暇もなく…

待てどもさかぬ定めならば
今を壊してしまいたい

過ちだと気付けずに
ここに来た意味忘れて
愚かな好奇心に揺られ
私は春を集める

「妖に染って 記憶散って〜」で生前の記憶が失われた事が示されており、「今を壊してしまいたい」の部分で異変を起こす事を決断した事が考えられます。

「過ち」とは前述の「自分が命を以て封印したにも関わらずそれを自分で解く」という事で、記憶を失ったことで自分のしようとしている矛盾に気付けない幽々子の様子が描かれています。

桜に眠る「何者か」
私が知らぬセカイを
知る手がかりにはならないか
彷徨いの冥で逢おう

過ちだと気付けずに
ここに来た意味忘れて
愚かな好奇心に揺られ
私は春を集める

彷徨いの冥でいつか…

「桜に眠る何者か」とは、西行妖の封印に使った自分の身体。つまり生前の幽々子の死体であり、「私の知らないセカイ」=「幻想入り前の現実世界」を指す。

西行妖の封印を解こうとする描写の後にある事から、「彷徨いの冥で逢おう」とは「生前の幽々子と幻想入りした幽々子が出逢う事」と推測され、最後の「彷徨いの冥でいつか…」は生前の幽々子からの立場で「いつか記憶が戻りますように」という願いが込められていると考えられる。
ちなみに「逢う」という漢字は「会う」より強い運命性がある出会いに使う表現であるため、「自分自身と逢う」事は根拠として強いかと思われる。

最後に、タイトルにもある「彷徨いの冥」は死者の魂が彷徨う場所という事で「白玉楼」を指すのでは無いかと思われる。


というようにオリジナル設定もあるがかなり原作設定に沿った内容であり、「過ち」と「妖」の押韻等の表現も使いつつ、これだけの情報量を1曲の歌詞にまとめるという恐ろしい所業をされている。

歌詞の内容を理解してMVを見るのと理解しないで見るのでは感じるものが圧倒的に違う。

天才では…?

『聖人の調律』


今回もまずはじめにモチーフである聖白蓮のキャラ設定から振り返っていく。

聖白蓮は東方星蓮船に登場する元人間の魔法使いである。

最初は自分の魔力を維持するために妖怪を助けていたが、人間からの不当な迫害を受ける妖怪達を目にするうち、次第に本心から妖怪を守らねばならないと思うようになった。
その人柄ゆえに人間からの人望も非常に厚かったが、妖怪との共存を望み加担していたことが露見すると一転、悪魔扱いされ魔界に封印された過去を持つ。
pixiv百科事典より

要約すると、聖白蓮は人間と妖怪の共存を望む為に尽力したが、報われなかった過去がある誠実なキャラクターである。

また、弟の聖命蓮を亡くしてから死を恐れるようになり、法術ではなく妖力・魔力の類の術によって若返りと不老長寿の力を手に入れた経緯もある。

以上の内容を踏まえ、改めて『聖人の調律』の歌詞を見ていこう。


理由などないだろう 死を恐れることに…
命潤すだけの彼女は存在した

人に学び 人を信じ
結論付いていた
常識から矛盾が漏れ
辿り着いた思想

したたかな愛は
人の理解を遥かに超え
囚われる定め
けれど抗い続ける
弱き者のため

1番では「聖白蓮の過去」が描かている。

歌い出しからは、弟を亡くし死を恐れている聖白蓮の考え方が伺える。

「命を潤す」とは「自分の魔力を維持するために妖怪を助けていた」昔の白蓮の生き方を示しており、「したたかな愛は〜」では「弱き者(妖怪)の為に共存を望むが、人間達に理解されず封印された」過去の出来事を示しているのではないか。

聖白蓮は「人間と妖怪の完全な平等」を目指し、妖怪と深く関わり異変を起こす妖怪と戦う霊夢と対立していく…。

痛みを知るだけでは
意味がないと悟った
強き者の思想は
可能性に依存する

敵に学び 敵を認め
常識を書き換え
誰もがもう悲しまない
秩序を求めた

とある聖人の調律は始まったばかり
己が救った者から石を投げられようと
使命を果たした

慈しむ心
人の理解を遥か超え
囚われる定め
けれど抗い続ける

仲間たちのため

2番では星蓮船以降の未来の話になっている。
霊夢達に敗北した後、ただ平等だけを目指した自分の過去を反省し「真の妖怪と人間の共存」を目指し歩み出した白蓮の様子が描かれている。

「妖怪は退治する相手」と考えていたこれまでの博麗の巫女とは異なる考えを持つ霊夢は、人間も妖怪も関わらず同じように接しており、まさに白蓮が思い描いていた世界が霊夢の周りにあったのだろう。

その世界を広げるべくとある聖人の調律は始まったばかり…。


『聖人の調律』では、聖白蓮の過去と未来が描かれており、原作の設定を盛り込みキャラの魅力を最大限詰め込んだ1曲になっている。
もうこれ以上内容を書き足したら蛇足になってしまうような完成度だ。

こんな深くて重い歌詞を歌ってると知ったらとてもタオルを回していられないが、ライブではぜひ沢山回そう!

幽々子と白蓮の対比

以上でまとめた通り『彷徨いの冥』と『聖人の調律』はどちらも膨大な原作設定を1曲にまとめ、キャラの魅力が詰まった素晴らしい曲である。

なぜ今回かませ虎の歌詞の魅力を伝える上でこの2曲を選曲したのかと言うと、純粋にライブでよくやる人気曲だからだけでは無い。

西行寺幽々子と聖白蓮はそれぞれ『死』について真逆の価値観を持っている。

幽々子は数多の死を間近で見てきており、自ら「『死』を受け入れる」事により西行妖を封印し幻想入りした。

一方白蓮は、弟の聖命蓮の死をきっかけに「『死』を受け入れない」為に不老長寿・若返りの術を覚えた。


以上の点から、この2曲は曲として完成度が高いだけでなく、対極の価値観を含んだ曲である為選ばせていただいた。

これを機にファンの方々にかませ虎の歌詞の魅力に気付いていただけたら嬉しい。
また、歌詞を深掘りする事の楽しさが伝わり色々な曲の考察をする人が増えてくれるとなお嬉しい。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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