神様行き列車

 列車がまた速度を落とした。
 窓の外は白以外になにもない。雪を知らない街で育った彼女は飽きずにそれを眺めていた。行き先のことを、彼女は知らない。天国だか地獄だかがこんな景色であればいいのに、とぼくは思う。
 ただいま降雪のため、速度を落として運行しております。スピーカーを通した男性の低い声が先ほどからその案内を繰り返している。
 列車内にはぼくたちだけが乗っていた。はじめからそうだったのか、だんだん減っていったのか、よく思い出せなかった。自分たちがどこから乗り込んで来たのかも。ただ、行き先だけを知っている。ぼくだけが知っている。

 彼女の信じる宗教は、自害することを罪とする。神さまからいただいた身体に傷をつけることは自分自身ですら赦されない。その身体は、心は、すべて天だかどこだかにいる神さまのものだった。ぼくにはどうやっても手に入れることができないのだ。
「白いねえ」
 ごうごうと吹雪く外の景色に、彼女はうっとりしているようにも見える眼差しを向けながら口にする。触りたいのか、五本の指先をぴたりと窓ガラスにつけて。
「寒くない?」
 ぼくが問いかけると、久しぶりに彼女の目がこちらを向いた。そして首をちいさく横に振って微笑む。その瞬間に見える、右頬(彼女にとっての右で、ぼくから見たら左だ)にだけ浮かぶ笑くぼに、すきだなあと白い息が溢れた。
 見える景色があまりにも白いので、列車が動いているのか止まっているのかもわからなくなってきた。窓ガラス越しに外の冷たさを感じ、自分の身体にまだ熱があることを思い出す。右側からゆっくりと、確実に、心臓を冷やされていく。列車内の暖房が効いていない。腕を擦る。
 列車がまた速度を落とした。


 *


 彼の灯火が消えてしまった瞬間を、電子音で聞く。慌ただしくお医者さまが彼を呼び戻そうとするけれど、わたしにはわかっていた。彼はもう戻らない。彼は選ばれたから、もう戻ってこない。
 主は美しい魂を選ぶ。
 他者に優しく、施すことを厭わず、心を清く澄みわたらせた、美しい魂を。
 彼の心を掬うと、キンと冷えているのに柔らかく肌に触れて、どこまでも澄んでいた。
 だから、わかっていた。初めて会ったときから。きっと彼はすぐに選ばれる。招かれるひとだと。

 点滴のチューブがゆっくりとわたしを生かす。正しく。彼が無事にたどり着き、慌ただしく病室を追い出されたあとも。
 わたしはまた選ばれなかった。

(神様行き列車/160205)

Twitter『#男女心中道行電車100字書き出し』より