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【信長の野望DS2で語る戦国】~松平元康独立す~

言わずと知れたコーエーの戦国シミュレーションゲーム信長の野望。ゲームを通じて戦国時代に興味を持ったという方も多いのではないでしょうか?
ゲームの舞台から戦国時代を語ってみることにしましょう。
早速、信長の野望DS2をを始めてみます。

シナリオは1561年開始の「飛躍の時」、大名は徳川家康を選択します。大河ドラマ「どうする家康」も時代的にはこの辺りですしね。

ゲームスタートにあたり、少々気になる点が。


スタート時点では、「徳川家康」という大名は厳密には、存在しないということ。本当は松平元康なんですよね。
徳川に改姓するのは、1566年、三河一国を平定し朝廷の勅許を得て三河守任官の時。
家康に改名するのは、1563年です。
大河ドラマ「どうする家康」で、松本元康が色々と名を紙に書いて、どうする?と迷っていましたね。

ドラマでは、家康の「家」は、領国や家臣、民を一つの家、家族のように考え大事にして行くことからとされてました。
まあ、実際は酒井忠次の言うように、「天下第一武勇之士」源八幡太郎義家の家から取ったのが本当なんではないでしょうか。
元康に限らず、祖父の代から松平家の人間は、松平家は清和源氏の本流の祖とされる源義家、そして松平家の系譜が清和源氏に連なる新田得川氏の流れを汲むと考えていました。
最も、隣国の今川、東三河の吉良と言った、源氏の足利氏の庶流に対抗して、僭称したというのも無きにしもあらずですがね。

武将名を松平元康にして登場させた方がが、メジャーでないローカルな感じで、まだまだ弱い、頑張って名を上げるぞという気になるのになぁと。

というツッコミは、上杉謙信ではなく長尾景虎、いや上杉政虎、いや上杉輝虎だろうとか、羽柴秀吉ではなく木下藤吉郎だろうとか色々と出てくると訳分からなくなるので、ゲーム設定上の話ということで、名前の話はここら辺で止めておきましょう。

あとは1561年ゲーム開始時は、「徳川家康」がすでに三河一国を統一しているということ。
まあこれも、国単位でゲームがなされる設定の話なのでいい加減に止めておきますが、ゲーム開始時の三河の兵数が80(8千人)となっており、これは、史実とは違い、かなり家康にとって有利な状況です。因みに尾張の織田の兵数も同じ80(8千人)!

個人的には「徳川家康」のゲーム開始時の兵数は30位に設定し、難易度を上げた設定の方が面白いのではないかと。忍耐の人家康を体感出来ると思います。(続く)




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