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家事代行さんが来るたび呪いをかけてくる。

片づけが苦手だ。新しい料理の味、いかしたお皿、かわいい植物、裁縫に編み物、マンガと本。興味がうつろいやすくてそのたびにあれこれ買い求めてしまうので、使うのが追いつかないくらい、ものが増えてしまう。そして意識もとっちらかってるので集中して片づけることができず、いろんなものから成る山積みの中で暮らしている。

このままでは子どもたちの教育にわるい。自分の精神も休まらない。そう思って家事代行を頼むことにした。月に1回か2回でも他人の手を借りて片づけして、家の中をリセットできれば少しは良い状態を保てるのではないかと考えたのだ。

インターネットで好きな時に希望を出せば来てもらえる、と簡便さを売りにした家事代行サービスを利用することにした。数週間後に希望を設定しても「その日にはスタッフを確保できませんでした」となかなか予約がとれないので正直、ぜんぜん便利じゃねえなとイラついたが、ともかく一度は来てくれる人が決まってホッとし、その日を迎える。

やってきたのは、大きな眼で色素の薄い瞳がキラキラと輝く、きれいなひとだった。「ほんと散らかっててすみません」とお願いすると「いいんですよ、片づけだいすきなんで燃えます!収納もいろいろ提案させていただきますね」と頼もしいお返事。じっさい、てきぱきと片づけ掃除を進めてくれて、お風呂なんかぴっかぴかで、どうやって掃除したの?と聞いてしまったくらいだった。

いい感じのひとだと思ったので、その後も定期的に家事代行をお願いすることにした。なにより、わたしがあれこれ指示をしなくても作業を進めてくれるので、そのあいだわたしは仕事部屋で仕事に集中できるのがよかった。とっちらかった食材や生活用品も、あれこれアイデアを出して収納してくれて、だんだんと床がすっきりとしてきている。

なかなか順調じゃない?これでだんだん、わたしも片づけられる女になっていくかもよ。そんなふうに前向きに思えてきた。

そしてそのせいで、心のなかに薄紙のように不快感が折り重なっていってることに、しばらく気づくことができなかった。

ほんとうはいやだったのだ。「ここはこんなふうに工夫して片づけましたよ!」と言われても、じっさい家事をしてみたら道具が導線上になかったり、めちゃくちゃ取り出しにくくなってたり(隠して目の前から見えなくなればそれでいいのか?)。
家事の最中にお願いしたいことがあって仕事部屋から出ていって話しかけると、いちいち飛び上がって「うわっ!びっくりした〜」とか言われたり(家の主が同じ家のなかにいて話しかけてくる可能性があることくらい、覚悟しといてほしい)。

いちばんいやだったのは、なにかと「いとさんちは、ものが多いから…」と言われることだった。だから片づかないと言いたいんだろうけど、言われなくてもわかってるし、それで困ってるから家事代行を頼んでいるのに、どうしてその業者本人から、やんわり批判めいて言われなきゃいけないんだろう。

けっきょく、片づけてもらっても、じぶんが使いやすいものの配置を崩されていらだちをおぼえ、そのいらだちに連なって「いとさんちはものがものが多いから…」という言葉が思い出され、さらにいらだつという、片づかないストレス以上の心の重しが増えてしまうこととなった。

「いとさんちはものが多いから…」ほんとに毎回言われてた。彼女はそんなつもりなかったと思うんだけど、それは呪いの言葉だ。眠りの森の美女の「15歳になったら紡ぎ車の錘が刺さって死ぬ」って言いにきた魔女みたいじゃないか。そのあとの人生、そのことばかり気になってちっとも楽しくなくなるんだよ。そんでほんとに言葉どおりのことが起こってしまうんだ。

けっきょく、6回か7回くらい来てもらったあと、きれいな瞳をした魔女の家事代行さんにはもう頼まないことにした。

わたしは片づけが苦手でほんとうにいやになるんだけど、家の中はやっぱりじぶんの巣だから、じぶんで居心地いいように整えるしかないのだ。たとえばふだんゆきとどかない水回りの汚れを重点的にとってもらうとか、床の水拭きをしてもらうとか、補強として家事代行を利用するのは有益だと思う。だけど、ものをどんなふうに整理するのか、というのはどんなふうに暮らしたいのか、というところまでデザインすることだ。それを他人にまかせようとしたのは、わたしの間違いだった。

断捨離ブームの中、みうらじゅんが「捨てるっていうことはね、物を捨てるってことは人を捨てるのと一緒なんですよ」と、ものを捨てない人生を肯定したのにはほんとうに勇気づけられた。わたしは、わたしが大事だとおもうものを捨てないで家の中をつくっていけばよいのだ。呪いをかけられるのはもうごめんだ。

とはいえ、もうちょっとお掃除と片づけのスキルをあげたいんだよなあ。

#日記 #生活


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