見出し画像

読書感想文(異形コレクション・狩りの季節)

友人に薦められて読破。友人は自分が牧野修フリークということを知っているので、氏の作品がいいよ、ということで買ったのだけれど、他の作品もとてもよかった。異形コレクション読むのは久しぶりですが、やっぱり素晴らしいですね。
以降、当然のようにネタバレというか、構成を明らかにする感想は含まれている。

頭抜けてよかったのは斜線堂有紀「ドッペルイェーガー」。異形コレクションというホラーアンソロジーの枠組みから外れることなく、ポリティカルコレクトネスによって発露した、しかしそれ以前から普遍的に存在した人間の宿痾が浮き彫りにされている。
まあ、そんな偉そうな話よりも、要するに自分が抱える課題でもある。ホラーも好きだし、グロテスクも好きだし、そこまでの猟奇趣味でなかったとしても、それこそ『プロレス社会学のススメ』でもたびたび話題に上がっていた「プロレスファンは後ろ指指されがち問題」でもそうだが、「(社会的に是とされない)何かを好きであること」はいったいどういう罪なのかという問題。オープンにしてしまって開き直るという生き方もあるだろうけれど、本作の主人公の生き方は果たして否定されるべきなのか。
反対に、あなたが愛する人がそういった趣味嗜好を持っているということを知ったときにどうすればいいのかの新しい視点を提供してくれるし、さらに付け加えれば「そういった猟奇的趣味によって消費される対象の視点」も提供される。
自分は、被害者の存在しない性表現や暴力表現の抑制に対しては批判的な立場だけれど、しかし本当にそこに被害者は存在しないのかという視点は、AIの発達においてどうなるのかということも問われる。
ただ、そうだとしても主人公の「残虐な人間が人に優しく生きていることの方がより優しいんじゃないのかな」という言葉は強く琴線に触れる。誰の目にも触れなかった、社会的には恐らく「犯罪者予備軍」というレッテルを貼られてしまっていただろう人たちのことに思いを馳せることもできる。
もちろんグロテスクホラーとしての描写も嗜虐的で素晴らしい。終わりを希望と観るのか絶望と観るのかは読者にゆだねられている。

その対極的な作品ではあるけれど、伴名練「インヴェイジョン・ゲーム1978」もとてもよかった。こちらはシンプルにキャラクター小説としてすごく良い。ある程度の年齢の日本人であれば頭の中に思い浮かぶ舞台は、アイドル的な(それは物語設定的にもそうしているのだろう)魅力的なキャラクターが動き回ることを阻害せずにとても効果的で、違和感なく頭の中でキャラクターが動いてくれる。
短編集という制約上キャラクターを描ける上限は感じたけれど、続編があるならぜひ読んでみたい。微笑の麗央の登場見てみたい。

その他、黒木あるじ「哭いた青鬼」の後味の悪さもよかったし、霜島ケイの「七人御先」から感じる少し古いYA小説感もよかった。ただ、最後はやっぱり牧野修「ブリーフ提督とイカれた潮干狩り」に触れて終わりたい。

自分の中では牧野作品はとりあえず大きく陰と陽という分け方をしているのだけど、今回は圧倒的に陽だった。動物が出てくると陽になりがちな気はする。自分が思い出補正込みで一番の傑作としている『MOUSE』は圧倒的に陰。「死せるイサクを糧として」とか、どういう神経で書けるのだろうと思うくらいで、それが牧野作品の片方の良さだ。
一方で陽は陽で一筋縄ではいかないけれどカタルシスが強く、陰だからいいんだ、というような簡単な話でもない。今作もすごくよかった。
陰であれ陽であれ、牧野作品で自分がすごいと思うのは、「インヴェイション・ゲーム1978」とは逆に、「絶対に自分が見たことも想像したこともない世界が文章を通して眼前に浮かび上がってくること」だと思っている。これは相性もきっとあるので、全員がそうだとは言わないけれど、少なくとも自分にとってはそこのチャンネルがすごく合う。
顔も形も分からないツアーガイドに、見たこともない土地を案内されて、その土地の歴史を教えてもらっているような体験ができるのが牧野作品の凄さ。今回も、潮干狩りの舞台なんて想像もつかないのに、情景が目にしっかりと浮かんでくるし、意味の分からない主人公の魔術もなぜか説得力がある。現実的なブリーフ提督の暴力はウォーキングデッドのニーガンのあのシーンを思い出させて別の装置としての不快感があったけれど、そういった描写もホラーコレクションとしてしっかりしていた。あと、犬可愛い。
残念な点は一点だけ。牧野のこの話をちゃんと堪能しようと思うと、前の異形コレクション読まなきゃいけないんだな、ということです。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?