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「昔はあったんだよ」

 とある有名な老舗喫茶店である。ブレンドが一杯700円。やや高い。私は所用があって、そこにいた。
 若い男女のカップルが入ってきて、私たちのわきのテーブルに座った。メニューを眺めていた。
 店員さんがやってきて注文を聞いた。
「アップルパイ」
 と若い男の一人がいった。
「うちにはアップルパイはありませんが」
「なくなったの?」
「メニューに記載がありますか?」
 と店員さんが逆に尋ねた。
「バターコーヒー」
 とその若い男がいった。
「それも、うちにはありませんが」
「そうなの?」
「ウィンナコーヒーならありますが。コーヒーにクリームが入っています」
「じゃそれ」
 と若者はいった。
「昔はあったんだよ」
 とその若者は、店員さんが去ったあとで、連れの女の子にいった。

 その若い男は、連れが女の子だったので、老舗喫茶店で常連のふりをしたかったのだ、と私は勝手に思っている。若いころにはよくあることだ。私もそうだった、ような気がする(老舗喫茶店には行かなかったけれど)


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