本の紹介 空想で書いた小説をバカにする父と、推理小説を軽蔑する祖母をもつ私が紹介する2冊。

私の父は事実をもとにした作品以外を、ばかにしている。
そもそも本はほとんど読まないのだが、ある時、どうしたことか司馬遼太郎先生の「項羽と劉邦」を読んでいた。まあ、そういう戦国乱世系の歴史ものは好きだったらしい。

読み終えて、父は、思春期の私にしたり顔で言った。
「やっぱり、事実にもとづいた内容は違う。空想で書いた話なんて薄っぺらで面白くない」

私は、それはもう腹が立った。
父は昔から───残念なことに今もなおだが───他人が大切にしているもの、好きなものを、簡単に貶す。内容はともかくとして、まずそこに腹が立った。
そして半分は呆れの気持ちだったと思う。「もしかして、『項羽と劉邦』を、ルポタージュか何かみたいに思っているのか……?」と困惑した。
当時の私は父に歯向うことができなかったので、あまり強く言い返せなかったが、今もなお覚えているくらいには腹が立っていた。

そして、父の母親である祖母は、文学作品はそんなにバカにしていないが、推理小説を軽蔑している。
「空想で人を殺すなんて、残忍でいやらしい」という事らしい。そう言いつつ、人が死ぬ時代劇を嬉々として見ているし、正直めちゃくちゃ神経が図太い。
(実のところ、私は祖母は人の心が分からなさすぎてこういう言動をしていると思っている。ここで書くことでもないので割愛するが。)
推理小説を読まないのは、ただ単に、本をほぼ読まず、複雑なストーリー展開が苦手だからではないかと推察している。

そういうわけで家庭の中には、私が好きで読んでいるものを、貶したり、軽蔑したりしていて、なおかつそれを言葉にしてくる人間が二人いたのだ。

同居していた父方の祖父も、本はほぼ読まなかった。けれど祖父は、昭和ヒトケタ生まれだからか、孫が本という物を読んでいるだけで喜んでいた。ライトノベルを読んでいても、勉強していると思っていたらしい。私が本を読んでいるのを見るたびに「学生時代は勉強のために本を読んだ」という話を何度でも繰り返し語った。
本の内容を聞かれたことは無い。本は祖父にとって、楽しむものではなかったようで、興味はほぼ皆無だった。ちなみに私が読む本は分厚いほど喜んだ。
分厚い本はいい本。活字が多いほど、いい本。本は勉学のためになるもの。
そういう祖父の考え方を感じるたび、モヤモヤした。


そんな家庭の中での救いは、母と弟であった。
二人は、私が「純粋に好きで本を読んでいる」ことを理解してくれたし、読んでいるものをバカにしなかった。母から「本ばっかり読んでないで宿題しちゃいなさい!」としばしば怒られたことに関しては、優先順位めちゃめちゃの人間で申し訳なかった思う。ごめんなさい。


──────────────────────────────


さて。そんな私は、見事なまでに
父が最も貶すであろう「ファンタジー小説」を楽しみ、
祖母が軽蔑する「推理小説」を楽しんできた。

その中でも、かなり大きな衝撃を受けてハマりにハマった小説、2作。

その小説の作者たちが、夫婦だったりする。
(ここで予想がついている人もいるはずだ)

まずは私のファンタジー小説への印象を大きく変えた作品。
「十二国記」 小野 不由美

そして推理小説の新しい面白さを教えてくれた作品。
「十角館の殺人」 綾辻 行人

今回はこの2作を紹介してみる。

──────────────────────────────


「十二国記」は、中華風ファンタジーであることと、元々が少女小説(講談社X文庫ホワイトハート)で刊行されていて山田章博さんのイラストが印象深いので、ライトノベル系かと思われている人もいるだろう。

ライトノベル系だと思っている人がいたら、ぜひ、ちょっと我慢して読んでみてほしい。
「えっ、これがホワイトハートで出ていた⁉️」と驚くと思う。
それくらい重厚な作品だ。

確かに現実ではありえない「異世界」が出てくる。現実にはいない生き物が登場する。
けれど、登場する人間は、現実世界と変わらぬ"人間"で、その生々しさ、リアルさが凄まじい。


さらに中学生の私が驚いたのは、異世界の"社会"までもがリアルに描かれている点だ。
異世界なので、現実とは違う生活様式であり、文化も違う。けれど「こういう環境と条件なら、確かに人間たちはこんな社会を形成すると思う……」と納得できるほど考え練り込まれた世界が広がっている。
たとえば、豊かな国と貧しい国が隣り合っていたら、その国境には、どんな状況が生まれるか───あなたは、どれくらい真に迫った想像ができるだろう?

ストーリーが面白いのでドンドン読み進めてしまうのだが、私が読後に思い返したのは登場人物たちのことだ。
現実社会と同じく、苦しいこともあるし、理不尽なこともある。悪い人間も、愚かな人間もたくさんいる。同時に優しい人間もいるし、良いこともある。そういった見方をすれば現実と変わらない世界で、必死に生きる登場人物たちが好きだ。

私は最初に読んだ「月の影 影の海」の主人公、陽子がとくに好きだ。
彼女は最初、親に逆らえない、おとなしい、普通の女子高生だった。けれど思いもよらない出来事が続き、たくさんの人間と出会う中で変化していく。
辛い思いをして、騙されて、何度も何度も傷つく彼女のことを、本心から応援して読んでいた。

──────────────────────────────

ちなみにこの作品、中国人留学生から「読んだ?アニメも見た?だよね!中国人と日本人には絶対に!読んでもらいたいくらい!凄すぎ!!マジで必読!!!」と熱のこもった評価を聞いた。実際に中国大陸や台湾での評価もめちゃくちゃ高い。

ついでに留学先で出会ったオタクアメリカ人も、私が「日本のどんなアニメが好き?」と聞くと、つたない中国語で「12の国が出てくる……」と説明してくれた。彼も「めちゃくちゃ好き。神作」と語る。

私の説明でピンとこなくても、国内だけでなく海外でも高く評価されていることと、シリーズ累計発行1200万部を突破したことを合わせて考えれば、並々ならぬ魅力がある作品だと察することができるだろう。


私は、ファンタジー作品をバカにしたり、敬遠したりする人と身内以外でも会ってきた。
でも、心から好きだと言えるファンタジー作品たちに出会ったから思う。
ファンタジー作品という括りだからといって、決めつけてかかるのは大雑把すぎる。
「ファンタジー作品は面白くない」と言うのは、「あなたは日本人だから脂っこいものは嫌いでしょう。間違いありません!」くらい大雑把な言い方だ。

それでもなお、「ファンタジー作品は面白くない」と私に言いたい人がいたら。
”十二国記シリーズ全てと、「魔性の子」を全巻読んできたら、とりあえず話だけは聞きましょう。まずは読んでください。話はそれからです。”と伝えようと思う。


──────────────────────────────


だいぶ長くなってしまっているが、勢いで続けてしまう。
次は推理小説で、高校生の時にどハマりした「十角館の殺人」だ。

金田一耕助シリーズや、コナン・ドイル作品、アガサ・クリスティ作品なんかを読んだことがある人は思ったことがあるかもしれない。

「この推理小説、現代だったら指紋とかDNAとか採取して科学捜査したら、すぐ犯人が分かっちゃうんじゃない?」

かく言う私も、そう思ったことがある。
だからこそ、綾辻さんの作品に驚いた。

「十角館の殺人」は、現代日本が舞台なのに、巧妙に科学捜査ができない状況に登場人物たちが追い込まれているのだ。
これはシリーズもの(「館シリーズ」と呼ばれているらしい)で、端的に言えばどの話も「なんやかんやあって、閉じ込められちゃう」のである。
科学捜査ができず、登場人物たちも読み手も、己の五感で集めた情報から推理するしかない。

現代が舞台なのに、ここまで古典作品と同じように「推理することに集中できる」、ある意味で究極に娯楽的な推理小説が、現代にあるのか!と嬉しくなった。

──────────────────────────────


推理小説で人が死ぬことに関しては、考え方が分かれると思う。
私は「空想と現実の区別がついている大人が書いたり読んだりするのは問題ないんじゃない?」と思っている。
私は、人が死ぬのが好きで推理小説を読んでいるわけではない。残虐なシーンが見たいわけでもない。
推理を楽しみたいんだ!!!
だいたい、推理小説では訳のわからない理由で人が殺されことは少ない。
たいてい理由がある。「まあそうか、恨んでたんだなあ」とか。納得できる。サイコパスな殺人鬼が出てきても、いちおうサイコパスなりの思考回路はあるし、現実のサイコパスとそう変わらない。
訳のわからない理由で殺されちゃったら推理できないのだから、当たり前だ。

それに比べて三国志とか、すごいと思う。現代人からしたら訳のわからない理由で人が死ぬし、全体に残虐性は凄まじいし、万単位で人間が死んでいく。武将たちも人を殺したことを武勇伝として嬉々として語る。

そして歴史小説との最大の違いは、推理小説は、現実の人間が一人も死んでいないこと。

だから、たとえ「人が死ぬ推理小説が嫌い」だとしても、作品や作者を貶して「推理小説が好き」な人のことも間接的に貶すのは、良くない。私はそう思っている。その思いに自信がもてている。

好きな人は読めばいい。嫌いな人は読まなくていい。

そして、「Another」は推理小説好きでも読まない方がいい人もいる。こちらも自信がもてる。

館シリーズを読んで、同じ綾辻行人作だからと、安易に「Another」に手を出さないほうがいいんじゃないか? あれはちょっと違うと言うか、その、あらすじとか読んで大丈夫そうかどうか確かめて読んでほしい。本当に。