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俺は子供の頃からずっと天才でいる

 小学生のときはプロフィール帳を友だちと交換しあって、中学生のときはmixiで日記つけて、高校生になってからはインスタとかにおしゃれな写真あげて。雑誌とかがプリズムショーだと騒げばとりあえずライブ行くし、ヒップホップだと言うならアップルミュージックに登録してみる。
 時代とともに私を取り巻く環境は一応動きはするけど、どうも私という人間はそう大きくは変わらないらしい。
「って、あー!またタイガ、プリズムストーンの服ばっかり!」
 東京の高校(なんとプリズムショーの学校!)に通う弟から送られてきたダンボールをあけてみて、びっくりポン!
 私はSTUSSYとかKANGOLとかFILAとかCarharttとか、あとあいみょんが着てたゴーシャの服がいいっつってんのに、またまたプリズムストーンの服なんか送ってきやがって。
「私、もう高校生だよー?プリズムストーンの服なんか着れないって」
 って何度も電話でぼやいてるのに、タイガのやつは全く聴く耳を持たないっていうか、さっぱり何がなんだかわかってない様子で「俺の先輩も着てるイケてる服送ってやっからよ」ばかり。
 それでプリズムストーンって……。
 その先輩って幾つなの?と私は愛しい弟の交友関係がちょっと心配になる。
 たまにはお姉ちゃんの要望も聞いてほしいよ。
「昔はあんなに素直で可愛かったのになぁ」
 とりあえず、ダンボールの蓋をパタンと閉じて、中は見なかったことにする。
 これでも自腹切ってプレゼントしてくれてるわけだし、流石に直接文句とかは言えない。もう私だって立派な高校生で、だから人の好意ってのを無下には出来ない。そういう社会のルールとかを学び始めた年頃なのだ。
 タイガ、帰ってきて自分が送った服、私が着てないの見たら悲しむかな?
 あいつあれで結構繊細なとこあるし……。
 あー、やめやめ!
 そういうのはタイガ帰ってきたときに考えればいいや!
 それまであいつのこと考えるのはやめる、と思う。

 と思ったものの、世界はそう上手くは回ってないというか、思い通りに行かないもので、次の日の放課後、あんま関わりないグループの女子に「香賀美さん、ちょっといい?」と呼ばれたと思ったら急に全方位取り囲まれてえ、なに、ケンカ?と肝が冷える。か弱い女の子を数人で取り囲んでボコろうってわけ?
 でも私を取り囲んだ子たちはいつもはクラスの隅で『鬼滅の刃』の話とかしているようなタイプだし、あれ、じゃあケンカじゃないのか?振り上げかけた拳がなんか恥ずかしいぞ。ちゃんとグーだし。
 とか考えていると、
「香賀美さんの弟、タイガくんって本当!?」
 と訊かれて、納得。
「う、うん。そうだけど……」
 私がそう答えた瞬間の彼女たちの嬌声ったら。うわーん。きつい。泣けてくる。耳がキンキンする。こりゃ耐えられん。タイガはよくこんなファンたちに囲まれて平然としていられるものだよ、と思う。前までは私もそっち側だったけど、うん、今までごめんなさい。もうしないので許してください。だから一刻も早くこの場から立ち去らせてください。
 だけど、
「今から香賀美さん家、遊びに行ってもいいですか?」
 とかグイグイ来られると流石に私も断れない。なんだか最近私、押しに弱いぞ?と思わなくもない。
 しょうがなく家に案内して、昔のアルバムとか見せてあげると「と、尊い……」「好き……」とか、実の姉の前でまー平気で涙流すわ、「いつまで一緒にお風呂入ってたんですか?」とか「オネショしたときなんて言い訳してたの?」とか「精通したのっていつ頃か知ってます?」とか喚くわ、ちょっと私、苦笑いもできない。うわー、と思う。素直にドン引きです。
「そんなに好きならこの前タイガが送ってきた服とか、あげよっか?」
 冗談のつもりで押入れにしまってたダンボールを引っ張り出すと、ものの数秒で中が空っぽになっていて、見誤った、と私はすぐに後悔する。
 でも「ありがとうございます!家宝にします!寝食をともにします!ていうか絶対一緒に寝ます!ほんと大事にします!」と満面の笑みをされてしまうと、自分から配った手前やっぱり返して、とはもう云えない。
 私にできることは、どうか愛しい弟のプレゼントがクラスメイトのオナグッズに成り下がりませんように、と祈るくらいだけど、あの様子じゃたぶん無理だ。
 すまぬ。

 で、まあ、隠しておくのも嫌なのでその日の晩タイガに電話して「ごめん。送ってくれた服、ほとんど友達にあげちゃった」と素直に告白する。私としては結構真剣な感じで喋ったつもりだったんだけど、タイガは「おう!じゃあまた先輩も着てるイケてる服送ってやっから」ばっかり。はぁ?なんだか馬鹿馬鹿しくなる。ていうか、私たぶんその先輩と趣味あわないよ。とは云えない。
 電話を切る。
 なんか、私ばっかり我慢してる気がする。
 気分を変えようとアップルミュージックでなんか売れてるらしいヒップホップの曲を流したりするけど、どれもこれも「俺は好きに生きる」とか「仲間と稼ぐマネー」とか「俺と仲間以外どうでもいい」とか、そればっかで何がかっこいいのか全くわからない。小学生が将来の夢「ユーチューバー」って云うのと同じじゃん、と思う。
 一曲くらい私のために歌われた曲があってもいいじゃんかよ〜、と思うけどたぶんそんな曲はこの世界のどこを探したって存在しないことを私はなんとなく知っている。

 タイガをプリズムショーの学校に行かせるよう図ったのは何を隠そう私で、資料を取り寄せ、親を説得して、タイガの意見なんて訊かずに私は動いた。それが良いことだったのかどうなのか、当の本人は余計なことしやがって、とかぼやくけど、テレビの中で活躍するタイガを観ると、少なくとも間違ってはなかったんじゃないかな、とは思う。ていうか、私、グッジョブ?みたいな。
 タイガが私にはない煌めきを持っていることに一番はじめに気づいたのは、多分私だ。実は私こそがファン1号なのだ。
 タイガはどちらかというとお母さん似で、なんか、自分の核みたいなものがしっかり根付いている側の人間なのだ。タイガにとってはそれがプリズムショーだったのだ。お母さんは……それが何かまでは知らないけど、たまに私たちに隠れてうっとり何か眺めていたりして、私はそういう母の表情を眺めていると、ああ、この人も東京で何かを見つけた人間なんだな、というのがはっきりわかる。
 私にはあんまりそういうのない。たぶん今後もそういうの、ない気がする、と思う。
 私にはわかるのだ。
 私は近頃色々なことがわかってしまって、なんだかちょっとした名探偵みたいだよ、と思う。

 とかなんとか、いつまでも感傷に浸っているわたくし大空ちゃんではないので、とりあえずなんか私にもないかってぐるぐる考えて、パッと「プロレス」って単語が浮かんで、あ、もうそれでいいや!と決めて、その日のうちにお母さんのところに報告に行く。
「お母さん!私、プロレスやる!」
 丁度居間でお茶を飲んでいたお母さんが盛大に吹き出す。
 ごほごほ咳き込みながら、「ど、どうしたの急に。な、何か……何か見たの?」とか訊いてくる。
 私は正直に「ううん。なんとなくだよ」と返す。
 私の返答を聞いて、お母さんはなぜかちょっとホッとした様子だった。
「ま、まあ、いいんじゃないかしら。でもお父さんにも相談しなきゃね」
 と、思ったより好感触。やったー。
 ありがとうお母さんって部屋を出る私の背中越しに「血かしらねぇ」というため息にも似たつぶやきが聞こえてきて、やだ、お母さん怪我?生理?痔?とか思うけど今の私には関係ない。
 私は香賀美大空で、あの大人気プリズムスタァ香賀美タイガの姉で、まだ自分に何ができるかとか、何がしたいのかなんてさっぱりわからないけどとりあえず動き回れるだけの体力や気力や活力は持ち合わせているのだ。
 ようは、私は元気なのだ。
 とっても元気なのだ。
 そして、元気があればなんでもできるのだ。
 って、確かこれは有名なプロレスラーの言葉だ。
 もしかして案外ひょっとして私、向いてるかも?と純粋にワクワクすることができる私を、だからみんなはもっと羨むがいいよ。

いとうくんのお洋服代になります。