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夜の東京を船で走る

「舟旅通勤」というのがあると聞いた。が、意味がよくわからない。

調べてみると、すぐにわかった。東京の豊洲と日本橋を船で結んで、船で通勤をして貰おうというプロジェクトらしい。

まあ、いろいろ謎がある。一週間のうち3曜日しか運行しない。しかも一日に夕方の5往復のみ。片道20分間。料金は500円。そもそも豊洲〜日本橋間でどれぐらいの需要があるのか?…などなど。

ただ、興味はある。なので、まずは乗ってみた。先日、仕事の移動の途中を使って乗ってみた。

まずは日本橋の乗り場を目指した。三越側から日本橋を渡って、さらに信号を渡ったあたり、昭和初期のモダニズム溢れるビル(日本橋野村ビルディング)の手前に、小さな広場があって、そこにある鉄の扉から川べりに降りることが出来るようになっている。

日本橋野村ビルディングの真下あたりに船着き場に続く広場がある。

船が出発するまで、この小さな広場で列を作って待つ。基本は予約優先で、当日いきなり来ても乗れない時は乗れない。詳しくは良くわからないが、予約が少ないと船は1艘だが、予約が多いと船が2艘に増えて続けざまに出航する。私の時はそうだった。私は2艘目に乗った。

船が桟橋に到着すると、鉄の扉が開いて客たちは並んだ順番に川べりに向かうゆるやかな階段を降りていく。途中、見えてくる風景が素晴らしい。ライトアップされた首都高のお腹とその下にぶら下がった日本橋の美しいシルエットがなかなかに見事だ。この階段を降りるだけでも楽しい。

川べり降りていく階段からの風景だけでも美しい!

桟橋まで来ると、意外と小さな船が待っていた。10人乗りぐらいの船。女性の係員が船を素手で抑えてくれて、その間に客は船に乗り込む。中は自由席。5対5ぐらいの対面シート。

この日乗った船

出港時間になると、さっきの女性係員がそのまま船に乗り込んで、先頭の操縦席に座った。実は彼女が船長さんだったのだ。船長さん、でいいのかな?ま、いいや、船長さんでいいだろう。そんなワンマン女性船長さんが操縦席のハンドルを握って、船は静かに桟橋を離れていく。ちなみに、その船長さんの手元には自動車と同じ形式の丸型のハンドルとともに、カーナビっぽいモニタ付きの電子機械がついている。川専門だから「カワナビ」かもしれない。

運転席にはハンドルの横にカーナビっぽいマシンが見える

船が方向転換するために、眼の前を【日本橋】の横っ腹が通り過ぎていく。この橋は、明治の末に国家の威信をかけて作られた、ルネッサンス様式の石造りのアーチ橋だ。橋の上には、有名な麒麟の像など見どころは多いのだが、たった今こうして川面から見上げたこの橋は、御影石が整然と並んだその側面に、頭上から舞い降りる柔らかな照明が吸い込まれてとても美しい。やがて、ゆっくりと半周した船は、日本橋とは真反対に広がる無限の暗闇を目指して静かにゆっくりと滑り出す。出航だ。

首都高の底面に仕込まれた照明が意外と美しい日本橋

このあと船が進むのは日本橋川である。左手に洋食「たいめいけん」の賑やかなビルが過ぎると、暗闇の中、上空をまるで首長竜のようにうねりながら絡みついている首都高の下に、次々と日本橋川に架かる橋が現れてくる。どれもが、川面からそれほど高さのない、低めの橋である。そんな橋々を船がギリギリの高さですり抜けていく。そのせいか、この日本橋川での船は、やたらとのんびり進む。おかげで川面に建つビル群の明かりと、複雑に絡みながら上空を埋め尽くす首都高の影が織りなす不思議な風景を、ゆっくり、そしてたっぷりと堪能することが出来る。

窓の外を複雑に絡み合いながら首都高が走る

やがて、昭和の倉庫ビルの名残を今に残す日本橋ダイヤビルディングが右手に見えてくると、その手前でまず、頭上を覆う首都高の交錯が極めて複雑な形状になる。そう、ちょうどこのあたりが首都高江戸橋ジャンクションのあたりになる。その真下で、低めの連続アーチが2つ並んだ鋼製の【江戸橋】をくぐる。続いて、経済ニュースでよく見る東京証券取引所が右手に見えてくると、コンクリート製の低い2つの橋脚に支えられた【鎧橋】を、さらに橋脚ゼロで両岸を結んだ漢字の「一」のような【茅場橋】のエメラルドグリーンの橋桁をくぐると、現代アートのようにさんざん絡みついてきた首都高ともついにお別れをする。上空の暗い影が消えて、都会特有の星の少ないぼんやりした夜空がぱっと広がる。

茅場橋を過ぎると首都高とはお別れ

そして、ゆるやかな3つのアーチで構成されたコンクリート製の【湊橋】をくぐると、しばしのどかな直線コースが続く。このあたりは全体的にビルの高さも低く、川べりに小舟が繋がれていたり、おだやかな景色が続く。そんな直線コースの向こうから、真っ白な梯子を横に渡したような不思議なシルエットの鋼製橋が見えてくる。日本橋川では最後の橋になる【豊海橋】だ。この橋をくぐった瞬間、すべての風景が一変する。

豊海橋をくぐった瞬間、風景が一変する。

川幅50mほどの日本橋川から、およそ3倍ほどの川幅を持つ隅田川へと船が飛び込む。そのまま急激にスピードを上げながら面舵一杯、船が右方向に急カーブを切ると、まばゆいばかりに発色する水色の巨大な弓形アーチが眼の前に飛び込んでくる。その水色と橋桁部分の真っ赤な色のコントラストも印象的な【永代橋】だ。大正年間に作られたこの美しい曲線に支えられた鋼製の橋は、重要文化財にも指定されている。さらにその背景からは、隅田川沿いに建つ高層ビル群の明かりがゆっくりと迫ってくる。

永代橋の明かりが眩しい

そのまま永代橋をくぐり高層ビル群の美しい瞬きに見とれていると、独特のフォルムが印象的な【中央大橋】が目の前に現れる。まるで古代の弦楽器のような不思議な形をした橋脚に支えられたその橋の手前で、隅田川は大きく2つの流れに分かれる。ここで船が左折すると、左手に隅田川テラスの穏やかな風景が、右手に佃島の超高層マンション群のきらびやかな明かりが見えてくる。やがて典型的なトラス橋である【相生橋】をくぐると、豊洲の貯木場跡の広大な水面越しに、佃島を超えるような高層ビル群の明かりがゆっくりと目の前に広がる。この十年間ほどで急激に都市化した新しい街、豊洲だ。

隅田川の右手に広がる高層ビル群

そのまま左に大きくカーブしながら、今は廃線となっている貨物列車のための鉄道橋「晴海橋梁」の鋼製アーチと並んで晴海と豊洲を結ぶ【春海橋】をくぐると、左手に圧倒的な光量で瞬く豊洲の街が浮かび上がる。さらに、不思議な色に点灯する古典的な港湾クレーンを左手に見つつ、跳ね上がった跳ね上げ橋の下をくぐると、かつて石川島播磨重工の造船所だった名残を今にも残す、ららぽーと豊洲の船着き場へと到着する。

日本橋から豊洲まで、所要時間20分弱。見慣れた東京の街が、見慣れない不思議空間に見えた異世界旅行が、こうして終わった。

豊洲にある「ららぽー」には造船所時代のクレーンが今も残っている。

2023-11-24
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#舟旅通勤 #船 #日本橋 #豊洲


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