短歌〈ウィンカー君は左で僕は右また交差するいつか信じて〉をコントにしてみると…

険しい表情の男女。
女「(泣きそうになりながら)別れたいの?」
男「そんなこと言ってないって」
女「(ハンカチを目に当てながら)でも本当は別れたいんでしょ?」
男「だから、そんなことないって」
女「(ハンカチを地面に叩きつけ)嘘!そんなの嘘!心の中では別れたいと思ってるんでしょ!」

女、男から少し離れハンカチで涙を拭う。

男「じゃ…別れるか?」
女「(すぐさま駆け寄り)ウソウソごめーん。マー君ごめーん。ウソ。地獄の果てまで追いかけるくらいウソ」
男「どういう意味だよ…嘘が怖いんだよ」
女「でも何で?」
男「何が?」
女「何で私を置いていったの?」
男「何でって。仕方ないだろ」
女「仕方ない?ひどい!私…ずっと待ってたんだから!」
男「ずっと?」
女「うん」
男「そんなに待たせたかな?」
女「うん」
男「そっか。ごめん」
女「うん、もう大丈夫。でも私のいる場所よく分かったね?」
男「そりゃそうだろ」
女「(スカートの裾を持ちくるりと一周して)やっぱり。私達って以心伝心なんだね。どこにいても2人は強い絆で結ばれてる(恥ずかしそうに上目遣いで見つめる)」
男「違う違う。約束したから」
女「約束?」
男「そう」
女「私達2人、約束の地で再会しようって?」
男「いや、そういう感じじゃなかったけど」
女「再会したら世界の中心で愛を叫ぼうって?」
男「言ってないかな」
女「夕日を見ながら語り合おうって?」
男「昼だしな。今は」
女「海の見える公園で待ち合わせって?」
男「ニトリだからな。ここ」
女「ここは…?」
男「ニトリだな」
女「えっ?…海が見える夜景が綺麗なレストラン?」
男「ではないな(看板を指差し)」
女「緑地に白抜きの文字…世界の中心じゃ?」
男「ないな。ニトリの駐車場だな。なんだその映画タイトルみたいなのは」
女「世界の…ニトリ?」
男「その言い方だと意味変わっちゃうな」
女「言い方によってここはニトリではないって意味?哲学的な話?」
男「いや違くて。ええと、ややこしいな。ニトリが世界進出してるかどうか、みたいな話になっちゃうからって意味。日本以外に店舗があるか気になるなら、自分でホームページ確認してもらえる?」
女「なんの話してるの?」
男「こっちのセリフだよ!」
女「待って…まさか私達は今、何かの間違いで南国タヒチにいる?」
男「は?」
女「ニトリ…タヒチ店?」
男「赤羽店だよ。ここはニトリ赤羽店だから。東京の端っこ。何だよニトリタヒチ店て」
女「まるで映画の主人公みたいに。マー君と私は、世界の中心で愛を叫ぶ2人だと思ってた(泣きそうな表情)」
男「ニトリの駐車場で痴話喧嘩してるカップルだろ。あとはニトリの世界戦略について少々」
女「それは周りから見たらおかしいね?(膝を連打しながらめちゃくちゃ笑ってる)」
男「もはや狂気だよね。社員でもなんでもない2人が泣き叫びながら出店計画の話してるんだから。異様な光景だろうよ」

女、頭を抱えて地面(駐車場)にしゃがむ。

女「なんでこんなことに!そもそもどうしてマー君と離れ離れになったの!」
男「いや、ソファ買ったからでしょ」
女「ソファ?…買ったけど?」
男「俺の小さな車だとソファ乗らないから、ニトリで軽トラ借りて運ぶって話だっじゃん」
女「そっか。そう言えばそうだった」
男「一旦、2人でニトリに来て、お前が俺の車で家に行く。俺は軽トラでソファ運ぶ。家にソファ置いたらまた別々に運転してニトリ集合。そんで今だよ今!覚えてないの?」
女「必死だったから」
男「そっか。ペーパードライバーだもんな」
女「ソファ、火事場の馬鹿力で運んだから」
男「そっち?」
女「もう全身の血流を顔に集中させてたから」
男「普通は腕に集中させんだよ。まぁいいや」
女「もう顔面に血がのぼって何が何だか」
男「分かった分かった。帰り道もそんな状態で運転してたんだな?」
女「うん」
女「危なっかしいなぁ。でも、そう言われてみれば、確かに顔面うっ血して天狗みたいになってたもんな?」
女「そうそう今日は足元も厚底の下駄でさ、鼻は心もち高くなった気が…ってバカ!マー君好みのおニューのパンプスだよ(恥ずかしそうにうつむく)」
男「ごめんごめん。でも元はと言えばお前もいけないんだぞ?」
女「なんで私がいけないの?」
男「だって、ラインで変な短歌送ってくるから」
女「それは、マー君が私の車に付いて来ないからでしょ?」
男「あぁ、あの交差点、右折した方が早いんだよ」
女「私は左折したのに。マー君付いてこないから愛を込めてラインした」
男「ああ。俺ライン見てゾッとしたもん」
女「ゾクゾクした?」
男「おう。これだろ?(スマホを見せながら短歌を読む)"マー君やどこにいるのかマー君やすぐさま来いよT字路で待つ"。…もう怖いのよ。犯行予告みたいでさ。リフレインみたいな余韻もあるし。繰り返されると耳に残るんだわ。そもそもあの辺りにT字路無いしさ。どこに行けば良いの?とか"T"に特別な意味を込めたんじゃ?とか。怖くて、すぐさま3回右折して元の道に戻ったもん」
女「だから途中で合流できたんだ?」
男「そうだね」
女「でも、すぐ返歌くれたよね?嬉しかった。少し不安もあったけど」
男「ああ。(スマホをクリックする動きをして)震えながらそっこー打ったよ」
女「(スマホを見せながら返歌を読む)"ウィンカー君は左で僕は右また交差するいつか信じて"。でもさ…いつかって…いつ?」
男「今だよ(肩を抱く)」
女「もう!マー君ったら!(上目遣いで見つめる)」
男「あれ?まだちょっと顔赤くない?」
女「…チークだよ。さっきお化粧直したから…多分」
男「そっか。そう言えば…来月タヒチだな」
女「やっと行けるね。ハネムーン」
男「待たせたね」
女「待っていました」
男「あ!あの短歌の"T"ってまさかタヒチの」
女「(被せるように)天狗の"T"だよ?」
男「そっちかーい」

暗転

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