短歌〈拝啓、君へ(お互いネコだったら。そう思える日々でした)敬具〉をコントにしてみると…

女( 玉美たまみ)、とあるアパートの1室の前で立っている。深呼吸をした後、チャイムを鳴らす。"ピンポーン"の音。

男( 玉男たまお)、玄関ドアを開ける。

玉男「はーい」
玉美「ノラ猫…です」
玉男「…たまみ?戻ってきてくれたのか!(ドアを大きく開け)何度も連絡したのに!…とにかく入って」
玉美「ここで。ここで大丈夫だから」
玉男「…やり直そう?」
玉美「…」

2人とも無言。

玉美「(無理矢理テンションを上げ)元気してた?」
玉男「うん…元気。俺、(意を決したように)俺が悪かった。ごめん。(やや笑いながら)でもひどくない?何回連絡しても無視するの。もう会えないかと思った。でも戻ってきてくれて良かった!」
玉美「勘違いしないで。勘違いしないでほしいんだけど、ヨリを戻しに来た訳じゃないの」
玉男「えっ?」
玉美「私の連絡先…消してほしいの」
玉男「消す?なんで?その為だけでわざわざ来た訳じゃないでしょ?やり直す為に」
玉美「(遮るように)本当は来るつもりなかった」
玉男「いや、話し合えば…ね?」
玉美「君んとこ、戻ることはない…かな。もう会うこともないと思う、たぶん」
玉男「"君"って…何言ってるの、確かに俺から別れようって言ったけどそれは」
玉美「(食い気味に)念が凄いの」
玉男「えっ?」
玉美「私がここに来た理由。あなたの念が…それはもう凄いの。毎日毎日、3本どころじゃない矢が飛んでくる… 毛利元就もうりもとなりもびっくりするほどの矢が」
玉男「矢?いや、念?ちょっと待って。毛利、よく分からないよ」
玉美「彼には3人の子どもがいた。それを矢に見立ててるの」
玉男「毛利元就の逸話は知ってるよ。息子たち3人が結束すれば決して折れない矢のようだ、つまり息子の代になっても毛利家は強いって話だろ?」
玉美「そう」
玉男「そうじゃなくて。僕にも分かるように、きちんと順を追って説明してほしい」
玉美「あ、そうだよね。ごめん、分かった。…お父さんは毛利弘元でお母さんは」
玉男「違う!毛利家の血筋の話じゃなくて」
玉美「… 石高こくだか?…気になる?」
玉男「…僕は気にならないよ。そうじゃない。念の話だ」
玉美「あ、念ね。あなた、未練ない?私に。最初は忘れようとしてたみたいだけど、"辛い"とか"戻ってきてほしい"とか思ってなかった?」
玉男「そりゃ思ってたよ。玉美がいなくなって寂しかったし。でも、感じるの?そんなこと」
玉美「感じる。私、そういうの電波みたくキャッチするから」
玉男「…スマホみたいだね」 
玉美「…ご覧下さい(一礼)」
玉男「(?)」

玉美、深呼吸。目を瞑り、徐々に体を震わせる。
玉男、その光景を見て驚き、慌てる。

玉男「えっ?なに!過呼吸?ふくろ!袋が必要どこか(と言って辺りを探す)」
玉美「マナーモード(と言って体を小刻みに揺らす)」
玉男「マナーモード…え?あ、バイブ?スマートフォンのバイブ音の真似?」
玉美「そう」
玉男「…すっげぇ…初めて見た」

玉美、揺れ続ける。次第にエスカレートしてゆく。首を上下に振り、長髪をなびかせる。

玉男「(玉美の髪を目で追い)あぁあぁ…大丈夫かな。なんかだんだん強めに…歌舞伎みたいだ」

玉美、歌舞伎役者のように、片足を上げ、体を斜めにし、両手をパーの形に広げ、そのままトントンと横移動( 六方ろっぽうを踏む)。

玉男「歌舞伎だ。これはもう完全に歌舞伎だ!」
玉美「("掛け声ちょうだい!"とジェスチャー)」
玉男「えぇ?」
玉美「("掛け声カモン!"とジェスチャー)」
玉男「い…いよっ!玉美屋っ!」
玉美「(ピタっと止まる。キメ顔。すぐ電話に出る仕草)もしもし?」
玉男「あ、出るんだ?って何を見せられてるんだろう。先程までの記憶が無い…あ、念、念がどうとかって。そうだ、ネコも、ノラ猫は?」
 
玉美、乱れた髪、服装を直しながら、
玉美「ノラ猫?」
玉男「そう。ピンポン押した後、"ノラ猫です"みたいなこと言ってたから」
玉美「ああ。それは君が強く念じてたから。"玉美ぃ…ノラ猫になってでもいいから戻ってきてくれ"って」
玉男「…思ってた!そういや思ってたよ!それだけ会いたかったから。今度こそ玉美のこと精一杯」
玉美「知ってる?猫って気高いの。高貴な動物なの」
玉男「高貴?」
玉美「君さ、気付いてないこといっぱいあるよ?」
玉男「気付いてないこと?」
玉美「そう。この際だからマーキングして帰るか」
玉男「マーキングって…」
玉美「私、君の友達に会う日は一段とお洒落していました」
玉男「あ、ありがとう」
玉美「私、君が機嫌悪い時は静かに離れていました」
玉男「そうなの?」
玉美「そう。そして、頃合いを見計らって触れたり側にいるようにしていました」
玉男「そっか…」
玉美「私、きちんと告白されてないけど、私からそれをハッキリさせて関係が崩れるのも怖かったから、言い出せませんでした」
玉男「ごめん…でも」
玉美「私、あなたの気持ちが少しずつ離れていくの気付いていました。でも君は惰性で優しくしてくれました。辛かったです」
玉男「惰性だなんてそんな」

玉美、玉男を指差しながら、

玉美「君は不誠実な人間です」
玉男「(語気を強め)はっ?」
玉美「君は、自分勝手で、欲張りで、嫉妬深く、無責任な人間です。すぐ怒るし、そのくせ所有欲は強いし、都合の良い時だけ私を求めてくる、最低な人間です」
玉男「そんなこと言うならお前だって」
玉美「あなたにはあなたの、私には私のズルい部分がありました」
玉男「…」
玉美「人の話を聞いているようで聞いていないところ」
玉男「もういいって」
玉美「思わせぶりな態度をとるところ」
玉男「分かったから」
玉美「好きにさせておいて…やめてほしかったです」
玉男「もう分かったから」
玉美「最後にこれだけは言わせてください」
玉男「何?」
玉美「"もっと良い人がいるよ"は、君が言って良いセリフじゃなかった」
玉男「悪かった。分かった、もう分かったから」

玉美、髪をかきあげながら、ひと呼吸。

玉美「どう?嫌な言葉ばっかりだったでしょ?」
玉男「まぁ」
玉美「でも、それと同じくらい良い時もあった。それも認める」
玉男「良い時?」
玉美「うん。猫目線で言うなら、そうだな。君が私に時折向ける眼差しとか。横顔とか。抱きしめられた時の感触とか。…良かったよ」
玉男「そっか」
玉美「良い思い出。そう思うことにした」
玉男「思うようにした?」
玉美「あわよくば一生このままで!とか、考えてた自分がアホらしいわ!どんどんのめり込んでく感じでさ。心地よかったけど不安でもあったし。ってこんなこと伝えに来たんじゃない!」
玉男「…1回別れてもさ、やり直して上手くいくカップルたくさんいるよね?だからうちらだって大丈夫だよ」
玉美「…」

2人ともしばらく無言。

玉美「(明るいトーンで)猫目線で言うとね」
玉男「(遮るように)玉美は人間でしょ?」
玉美「人間の君さえ居なけりゃ、こんな思いしなかったよ!」
玉男「それは」
玉美「いや、違うか。ごめん、訂正。君は居ていいや。存在としてはちょっと愛おしいから。嫌いなだけで」
玉男「なにそれ」
玉美「周りが少し黒いバナナ、みたいな感じ。まだ食べれるでしょ?」
玉男「たとえが分からないよ」
玉美「言葉が無ければ。君が居ても言葉が無ければ良かったのかな。いちいち傷付いたり喜んだりする"言葉"なんてものさえ無ければ」
玉男「何それ」
玉美「それも違うか。…君も言葉も存在する世界で、お互い猫として出会えていれば良かった…かな。これが今んとこ1番近い表現かも」
玉男「猫は言葉分からないでしょ?」
玉美「そういうところだよ。君。猫は言葉になる以前のものを身体全身で感じたり伝えたりしてる」
玉男「そうだね」
玉美「だから、私が感じたことをむりやり言葉に当てはめた時にはもう、本来伝えようとしたことの…」
玉男「ことの?」
玉美「ま、いいや。分かり合えないながらも、分かり合いたかったってこと」
玉男「言ってること矛盾してない?」
玉美「そうだね。色々言ったけど、君、いいとこもいっぱいあるからさぁ。…もう少し、どうにかならなかったかなぁ」
玉男「もういいから、そういうの全部受け止めるから。おいで(両手を広げ迎える)」

玉美、一歩近づく。

玉男「やり直そう」

玉美、もう一歩近づく。

玉男「言いたいこと言って少しスッキリしたんじゃない?」

玉美、立ち止まり、目を瞑る。
徐々に体を震わせ始める。

玉男「またマナーモードかよ(笑う)?」
玉美「(一切笑わず)次、行かなきゃ。電話来ちゃったから」
玉男「いや、来てないでしょ(笑う)?」

玉男、玉美の手を握ろうとする。
玉美、一歩下がる。

玉男「もう大丈夫だから」
玉美「知ってる?猫って気高いの。高貴な動物なの」
玉男「さっき聞いたよ」

玉美、手を差し出す。

玉美「さようなら」
玉男「えっ?」

玉男、手を握ろうとするが、玉美は自分の身体に触れさせようとしない。

玉美「違う。スマホ貸して」
玉男「スマホ?」
玉美「早く!」

玉男、ポケットからスマートフォンを取り出し渡す。

玉男「はい」

玉美、スマートフォンを受け取り、眺める。やがて地面に置く。スマートフォンに一礼。片足に体重をかけ勢いよく踏む。

玉美「参ります(一礼)」
玉男「まいる?」
玉美「シャーこのー(雄叫び)!」
玉男「はっ?おい!」
玉美「(顎をしゃくれさせながら)シャーこのヤロー!!」
玉男「おいって!」
玉美「おいっすぅ!(踏む)」
玉男「違う!おいっすぅじゃなくて」
玉美「連絡先、消すのか消さないのかコノ野郎バカ野郎!」
玉男「壊れたら消せないから!」

玉美、何度も踏む。

玉男「おいって!」
玉美「おいっすぅ!(踏む)」
玉男「だから!踏むな!消すから!」
玉美「…(玉男にマイクを向ける仕草)元気ですかぁー?」
玉男「そういうのいいから」
玉美「(マイクを向けたまま)元気ですかぁー?もしくは、そうでもないですかぁー?」
玉美「下手くそな…マイクパフォーマンスしやがって(ふてくされた様に)元気はありま」
玉美「(被せるように)そうですかぁー!」
玉男「聞けよ!」
玉美「いくぞー!」
玉男「どこに?」
玉美「1本(踏む)、2本(踏む)、」
玉男「まさか」
玉美「3本(踏む)、」
玉男「アントニオい?」
玉美「の矢ァァァァァ!」
玉男「 元就もとなりぃぃぃぃぃ!」

暗転。

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