短歌「歌姫の熱唱する間の息継ぎは世界の温度を少し上げてく」をコントにしてみると…

電車内。男性2人が横並びに座っている。

婿「急にすみませんでした」
義理の父「いや、いいけど。びっくりしたよ」
婿「そうですよね。ご自宅に伺おうかと思ったんですが、1人だと何だか行きづらくて」
義理の父「まぁそうかもしれないね。義理の父を1人で訪ねるなんて」
婿「はい」
義理の父「今日、茉莉奈は?」
婿「家にいます。琥太郎と一緒に」
義理の父「そうか。いつも娘をありがとう。琥太郎もすくすく育っているようで何よりだ」
婿「やっぱり孫は可愛いですか?」
義理の父「そりゃ可愛いさ」
婿「じゃ、茉莉奈さんは?」
義理の父「そりゃ…可愛いよ。いくつになっても自分の子どもだからね」
婿「じゃら僕はどうですか?」
義理の父「え?マサシ君?」
婿「はい」
義理の父「ええと…マサシ君はいいお婿さんだ。茉莉奈と結婚してくれて良かったと思ってる」
婿「自分…今日はその壁をぶち破ろうと思い、来ました!」
義理の父「ん?」
婿「やっぱり距離あるじゃないですか?嫁の父と、婿って」
義理の父「一緒には住んでないから"お婿さん"って感じはしないけどなぁ。まぁ、私は娘の旦那さんとして普通に接しているよ?何か不満があったらすまなかったけど」
婿「いや。不満だなんて。この何とも言えない、ボーリングでストライク出した時しかハイタッチできないような、微妙な距離感を縮めたいんです」

義理の父、辺りを見渡し、

義理の父「ここで?」
婿「はい。喫茶店でも良いかと思ったんですが、ここなら景色も変わりますし、横並びの方が話しやすいって。本で読みまして」
義理の父「だとしたらバーや居酒屋じゃないかな?その本の著者もまさか電車で実践されるとは想定してないと思うよ」
婿「じゃ、移動します?」
義理の父「あ、いやいや。大丈夫。まだ昼間だしやってるお店も少ないだろうから。それより、何で私との距離を縮めようと思ったのかな?何かキッカケがある?」
婿「はい」
義理の父「どんなキッカケかな?」
婿「昨日。歌番組を見てたんです」
義理の父「うん」
婿「そこで今人気の女性歌手が歌ってまして」
義理の父「へえ」
婿「その息継ぎに感動したんです」
義理の父「ん?歌詞に?」
婿「いえ、息継ぎです」
義理の父「メロディ…じゃなくて?」
婿「はい。息継ぎです」
義理の父「…気持ちわるぅっ!歌詞やメロディじゃなくて息継ぎしてるとこに感動したんだ?」
婿「はい!」
義理の父「君…ヤバイね!」
婿「はい!一生懸命歌う姿も素敵なんですけど、そこには隙がないっていうか。ある種パフォーマンスであり作為的だと感じました」
義理の父「なるほど。息継ぎにはそういう感じが無かった、と?」
婿「はい!」
義理の父「君…ヤバイね!」
婿「はい!息継ぎの瞬間だけはありのままの彼女に戻るんです。それに…」
義理の父「それに?」
婿「あんなにしっかり呼吸できてるかなって」
義理の父「君が?」
婿「はい」
義理の父「歌番組みて自分の呼吸を省みる奴、なかなかいないよ?」
婿「そうですかね?自分もこの人みたいにしっかり、胸いっぱい、腹の底まで息吸えてるかなって思いまして」
義理の父「…過呼吸にならない?」
婿「えっ?」
義理の父「いや、だから、運動とかしてる時に息吸いすぎると過呼吸になるじゃない?」
婿「はい」
義理の父「真似して息吸いすぎたら過呼吸になるんじゃないかなって心配で…」
婿「ちょっと何言ってるか分かんないっす」
義理の父「(間髪入れずに)だよね。忘れて?ごめんごめん。で?歌手の息継ぎに感動して君もちゃんと息吸えてるかなって思った訳だよね?」
婿「はい」
義理の父「そこまでは分かった。でも、どうしてそれが義理の父である私との距離を縮めることに繋がるんだろう?」
婿「それは…息を深く吸ってくうちに色んな人の顔が出てきまして」
義理の父「ほう」
婿「茉莉奈に琥太郎。学生時代の友人。職場の同僚、近所の人。その辺りで呼吸が早くなってクラクラしてきて」
義理の父「過呼吸だ!それだそれ!気をつけて!それで?」
婿「お父さんの顔が浮かんだんですけど、ハッキリ見えなかったんです。だから…もしかしたら関係性が浅いんじゃないかなって。このままでいいのかなって」
義理の父「なるほど。過呼吸が原因のような気もするけど、プチ走馬灯のようなものを見て、仲良くなりたいと思ってくれたんだ?」
婿「はい」
義理の父「それはありがとう。嬉しいよ。マサシ君とは、義理の父、婿という関係性を超えて親友のようになれる可能性だってあるもんな!」
婿「そうなれたら僕も嬉しいです!」
義理の父「よし!何でも聞いてくれ!この際、男どうし、腹を割って話そうじゃないか!それで仲良くなろうじゃないか!」
婿「本当ですか!嬉しいです!」
義理の父「ああ!(笑顔で)さあ何でも聞いてくれたまえ」
婿「何がいいかな…そうだ。お父さんって不倫したことありますか?」
義理の父「ん?」
婿「すみません。聞き取りづらかったですか?(大声で)お父さんはフ・リ・ンしたことありま」
義理の父「(まさしの声を掻き消すように)まーさーしぃ君!(周囲の人たちに頭を下げながら小声で)車内だから!電車の中だからここ!」
婿「あぁすみません。お父さんと仲良くなりたくてつい」
義理の父「いやびっくりしたな。いきなり繰り出してくるから。もうちょっと違う質問はあるかな?」
婿「そうですね…じゃ…貯金いくらあります?」
義理の父「うーんとね、いいよ。いいんだけど、何て言うんだろうな」
婿「聞こえませんでした?」
義理の父「いや聞こえた。よーく聞こえた。聞こえたんだけど、あの、何て言うかな。"徐々に"って言葉は知ってる?」
婿「知ってます」
義理の父「確かに"何でも聞いてくれ!"って言った。私から言っといてなんなんだけれども、もう少しライトなやつから来てもらえると有難いかもね」
婿「ライトなやつ?」
義理の父「うん。何というか、私とマサシ君の感覚?世代の問題かな?"何でも"の捉え方が若干違ったみたいで。予想の遥か頭上から来たから」
婿「びっくりしちゃいました?」
義理の父「そうだね。ごめんごめん」
婿「じゃ、質問するのは難しそうので僕の相談聞いてもらっても良いですか?」
義理の父「いいよ」
婿「会社辞めたこと茉莉奈に言えてないんですけど、お父さんが無理矢理辞めさせたってことにしてくれません?」
義理の父「うん、あれだな。何というか君とは無理かもな。現状維持というか距離を離したい部類かもしれない」
婿「そんなこと言わないで下さいよ!お父さん!」
義理の父「お、お父さんと(大声で)呼ぶなぁぁぁ!」
婿「電車内ですよ」
義理の父「(周りの人に)あっすみません」


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