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女王、ろーら

まだ一緒に住んでいなかったころにボーイフレンドが、今度来たら驚かせることがある、と言って、訪れてみると確かに驚いた。

床に動く黒い物体が。

少し前に彼が購入した羊皮のコートを見せてくれ、私の分も見つけてくれるというような話だったので、てっきり、コートが見つかったのだと思っていた。

羊ではなく、猫。

二匹で飼っていた以前の飼い主が、両方を飼えなくなり、ろーらの方を里親募集に出し、ボーイフレンドがクリーニング屋の張り紙で見つけた。引き渡されるときには、引き綱もなく抱えられてきて手渡された、と言うが、まるで信じられないくらい、距離感を取るのが難しい猫だった。

アパート内にいるときには、通常抱き上げ厳禁だが、特にバスルームに置いた洗濯物入れの上にいるときには、触るのもご法度だった。

まるで王座のように。

我々がソファーに座っているときに、膝の上にくる、などなかったが、何気なく我々の間に座り、目の前のテーブルにこれみよがしに広がっていることもあった。

構って欲しいのだか、注意を引きたいのだか。

表情も豊かだった。美猫とブ猫の間を行ったり来たり。猫的箱好き活動はもちろん、ボーイフレンドのギターケースに収まっていることも多々あった。

距離感が重要なくせに、我々が眠るときには、私の右脇の下に来た。

お尻を私の方に向けて。

ろーらは、雌家猫で、自分も平均寿命が長いはずの女性なので、いつも、二人で長生きしようね、と言い聞かせていたある夜、こんなに小さな体のどこから!というくらい強烈な嘔吐をした。

これまでヘアボールは吐いたことがあっても、食べ物を戻した記憶がないくらい、また、獣医に行ったのは、虫刺されと脱毛くらいしか記憶にないので、驚いた。

獣医に連れていくも、吐きどめを処方されたくらいで、あまりスッキリしなかった。だが、吐かなくはなった。

続いて、食べなくなった。

食べると嘔吐が再開した。

診てくれた獣医は腎臓の問題と急性膵炎を指摘した。

猫にも点滴や注射ができる、人間の看護師の勉強をした友達に、どうしたら食べられるようになるかを相談すると、ベビーフードを試してみたら、との助言だった。

立ち寄ることのないだろうと思ったベビーフードの棚で、動物性蛋白が摂れそうなベビーフードを選んで与えてみた。

少しは食べた。

オーガニックやグレインフリーのドライフードやウェットフード、つまりは高めのペットフードよりも、スーパーで買えるようなペットフードを好んだ時期もあったので、与えてみた。

もちろん医者から処方された腎臓病対策のウエットフードも与えた。

なんでもいい。食べてくれるだけで、うれしかった。

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もしかしたら無理をしてくれていたのかもしれない。

俺様ならぬ、女王様な彼女がカメラに目線を合わせていいお顔をすることもなかったのに、ある日、カメラ目線で、背筋を伸ばした写真を撮らせてくれた。

こちらの背筋が寒くなった。

私よりも先に、ろーらとの同居を決めたボーイフレンドの方が、さよならするために獣医に連れて行こうと言い出した。もう十分お別れはしたからという。

私は、まだまだできることがあるように思った。実際、獣医からはいくつかの選択肢が提示されていた。

身勝手な人間どもは、彼女とのお別れの日を七夕の日に決めた。仕事を早退けし、ろーらにお別れし、私が支払うからと言って、個別の火葬と遺灰引き取りを獣医に依頼した。

小さな箱に入って帰ってきたろーらと一緒に、虹の橋の詩のカードが添えられていた。

これまで SNS で見かけてきた、ペットが虹の橋を渡ってしまった、というのとは違っていて、ペットは虹の橋の麓で、健康で幸せに暮らしながら、飼い主がやってくるのを待っていてくれるそうな。

一緒に橋を渡るために。

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