父の目尻 ー喉鼓ー
薄暗い台所の引き戸が開き、えんじ色の半纏が入って来る。
石油ストーブの柵を開け、恐る恐るマッチを擦る。
やっと点くと、素早く燃焼塔に差し込んだ。
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雪国、青森。
新米大工だった父が「お風呂造り忘れちゃった」というお粗末な平屋が、それでも暖かく在れたのは、石油ストーブの存在が大きい。
焼き芋、味噌おにぎり、イカのバター醤油焼き、リンゴの甘煮、レバー炒め。
天板の上にはいつだって、香りや湯気や煙が漂っていた。
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「ミカンはな、昔は皮ごと食べたもんだ。少し焼いてな。」
冗談か本当か分からなくなるのは、晩酌中の父が半分溶けた目尻で笑うからだ。
その晩、初めて、ミカンが天板に乗った。
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得意気に頬張る父を追いかけて、かじりついた。
皮を房を突き破り、温かな果汁が弾け出て、あっという間に手首まで垂れた。
満足そうに父が笑う。
布巾を寄越す母の呆れ顔、少し焦げた皮の苦味、喉に引っ掛かるざらつきも、父の目尻に溶けていった。
ぇえ…! 最後まで読んでくれたんですか! あれまぁ! ありがとうございます!