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《迷走のループ》第4話 追い詰めていく 【小説】


4-1 占い士との出会い

 メイは、篠原の正体を解明するため、山田恵子に連絡をとることに決めた。電話をかける前に、簡潔な話の筋を頭に整理した。

「初めまして。私、奥平メイと申します。ちょっと人を探しているのですが、神崎彩陽さんから紹介されて、山田さんにお電話を差し上げました」

 メイが伝えると、電話の向こうで恵子が

「あら、彩陽さんの紹介で?人を探しているというのは、どのようなご関係の方でしょうか?○月×日であれば、予約が取れますが、こちらまで来られますか?」

と答える。

「わかりました。それでは、その日の△時にお伺い致します。お店の方でよろしいでしょうか?」

と、メイは恵子とアポイントメントを取り、山石の正体を探るための一歩を踏み出した。
 メイからすると山石門土の記事が信じがたいものであり、記事を分析しても、その筆致が篠原のものと一致していることから、山石と篠原が同一人物であるという確信を持っていた。
 世の中に対して情報を伝えるということを仕事をしているメイにとって、エンターテイメントとしてであるのならともかく、フェイクニュースをあたかも事実であるかのように報じる山石の記事は許し難いものであったし、ましてやそれが過去に虚偽の記事でライターとしてのキャリアを失った人物が性懲りもなくやっていることであるのなら、業界にとっても到底許されるものではなかった。
 真相を追求するためにも、メイは山田恵子から篠原の情報を聞き出そうと心に決めていた。

 日が迫り、メイは【愛の恵み占星館】という看板が掲げられたビルに到着した。受付で名前を告げ、案内された部屋に入っていくと、恵子が微笑みを浮かべて出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」

山田恵子が怪しげな笑みを浮かべてメイに話しかける。

「改めまして、こんにちは。私、奥平メイと申します。山石門土というライターの居場所を探しておりまして…」

メイが説明している間、恵子はじっと目を閉じて聞いていた。

「それで、お電話でも話をしたとおり、神崎彩陽さんという女性に山田さんのことをお聞きしまして、本日こちらにお伺いさせていただきました」

 メイの声が届いた後、恵子の目がゆっくりと開かれる。微笑みを浮かべているように口角は上がっているが、その目は笑っているようには見なかった。
 恵子の瞳には光が全く感じられず、覗き込むとどこか知らない場所へ連れて行かれてしまいそうな、怪しい雰囲気があった。

「ああ、彩陽さんから私のことをお聞きになったということでしたね。それで、その山石さんというのは、どのような方なのでしょうか?ご家族とか、お友達でしょうか?」

恵子は静かな声で問いかけてきた。

 メイは深呼吸をし、緊張を抑えつつ話を始めた。

「いえ、直接知っているわけではないのです。彼は、最近急に世の中で話題になりだしたWebライターで、その正体は不明なのですが、非常に刺激的な記事を次々と発表しているんです」

「あら、それは優秀なライターさんなのですね」

恵子が淡々と話す。

「いいえ。私は、彼の記事は、殆ど虚偽だと思っています。事実、彼の書く記事には事実だという根拠が全くと言って良いほど出てきません。強いて言えば、出処のはっきりしない写真が添えられていることもありますが、撮影も彼自信がやっているので、彼の記事の信憑性を証明できる第三者が存在しないのです」

「では、私にその山石さんの居る場所を占ってほしいということなのかしら?」

恵子がメイに対して逆に尋ねる。

「いえ、そうじゃないんです。実は、私は山石門土という人物は、篠原武大という別のライターなんじゃないかと思っているんです」

メイが答えると、恵子は

「どういうことかしら?」

と尋ねた。

「私、山石門土のことを調べているうちに、篠原武大さんという別のライターのことを知ったんです。山石の書いた記事と篠原さんの記事を分析すると、この二人が同一人物であるという可能性が極めて高いという結果が出てきたんです。今は、その証拠を探していて、神崎彩陽さんとも、その調査の中で知り合いになりまして、そこで山田恵子さんという名前が出てきたので…」

 恵子はメイの話を黙って聞いていた。彼女の目は、何かを見抜くかのように、メイを見つめていた。

「先程話したように、私は山石門土が篠原さんと同一人物だと思うのですが、篠原さんの残していったノートに書かれた言葉に繋がるように山田さんの名前が…」

 メイは彩陽から預かった篠原のノートを開き、恵子の名前が書かれたページを彼女に見せた。

「このノートの中で、篠原さんは自分の使命を『多くの人を救うこと』としていました。そして、その使命に向けての手がかりとして、恵子さんの名前が書かれているのですが、それには何か意味があるのでしょうか?」

恵子はメイの問いに、微笑むことなく答えた。

「残念ながら、その名前には私自身も何の情報もありません。篠原さんとは一度だけお会いしたことがあります。彼が占いを受けに来たとき、私が出した言葉が心に残っていたのでしょう」

 メイは恵子の答えに少しがっかりしたが、恵子は何か隠していることがあるような気がした。

「もちろん、それでも篠原さんの過去や思想についてお話しできることはありますが、あくまで私の観点からの話になります。私が篠原さんに与えた影響も、彼の過去と関連があるかもしれませんが…」

と恵子がメイに言う。

 メイは

「そうですか…。ところで、篠原さんが彩陽さんの貯金を持ち逃げして失踪したことはご存知でしたか?」

と恵子に質問してみた。

「いいえ。今、初めて知りました。それは、彩陽さんも災難でしたね」

恵子が答えるが、その言葉を終える前にメイは

「そうなんです。それなのに彼女は警察にも届けていないらしいんです。それが彼女の役割だ…みたいなことを言っていましたけど、それも山田さんの影響なんでしょうか?」

と畳み掛ける。恵子は

「さあ、それはわかりませんね。私の仕事は、その人の運勢を觀ることであって、決めるのはあくまでも御本人ですから…」

と答えたが、警察に届けていないということを聞いた際、一瞬、彼女の表情に変化があったのをメイは見逃さなかった。

4-2 彩陽の心に潜む影

 山田恵子との話が進む中、メイは次なる質問を恵子に向けた。

「恵子さん、もう少しお訊きしても宜しいですか?神崎彩陽さんについて教えていただけると幸いです」

恵子は微笑みながら答えた。

「彩陽さんですね。彼女は、私の占いを信じきっている一人です。彼女の人生には、いくつかの転機があり、その度に私の占いを受けてきました。何か重大な決断を迫られると、いつも私に助けを求めるんです」

 メイは興味深く聞いていた。彩陽がどれほど恵子の占いに頼っているのか、そしてその背後にある理由について詳しく知りたかった。

「彩陽さんの人生において、どのような転機があったのでしょうか?」

 恵子は深いため息をついた後、語り始めた。

「占いを受けた人のプライベートについて、他の人にあまり言うことはできないのですが…。彼女の過去には、何度もの困難がありました。初めて私のところに訪れたのは、彼女が離婚をしてこの町に戻ってきたときでした。それ以来、彼女の人間関係や仕事、自己肯定感の問題など、様々な局面でいろいろと悩んでいたようです。それが、彼女の心に大きな傷跡を残してきたんです」

 メイは恵子の言葉に共感を覚えた。自己肯定感の低下や人間関係の問題は、多くの人が抱える心の悩みだということは彼女も知っていた。

「彼女が私の占いに頼るようになったのは、自分の運命を切り開くための手掛かりを求めていたからです。私の占いが、彼女の心に光をもたらしたんです。そして、彼女は、彼女と同じような境遇の人を救うことで自己の輝きを取り戻すことができると信じています」

 メイは恵子の言葉に耳を傾けながら、彩陽の信念に思いを巡らせた。

「彩陽さんが他人を救うことで自己を輝かせるという考えは、どのようにして生まれたのでしょうか?」

恵子は微笑みながら語った。

「彼女自身が、多くの人との出会いや別れを通じて学んできました。人々が抱える悩みや苦しみを目の当たりにし、その中で自分に何ができるのかを考えるようになったんです。そして、他人に対して救いを与えることで自己を磨き、自分がこれまで犯してきた罪が消えて、新たな人生を輝かせることができるということでしょうね」

 メイは彩陽の覚悟と決意を理解することができた。
 その思いは、確かに彼女の行動に現れているように思われた。
一方で、恵子の言葉に少し違和感を感じた。

「彩陽さんは、今でも頻繁にあなたの占いを受けているんですか?」

恵子は微笑みながら頷いた。

「ええ、彼女は今でも頻繁に私の占いを受けています。今は、オンラインでも話ができますしね。
彼女が新しいステップを踏み出す前や、大きな決断をする前には、いつも私の助言を求めてきます。彼女は自分自身を信じていますが、私の占いが彼女にとっての指針となっているのでしょう」

 メイは、彩陽の信念と行動が、どれだけ彼女の人生に影響を与えているかを感じた。
 しかし、そんなに恵子のことを信頼し、頻繁に連絡を取っているのであれば、篠原が彩陽の貯金を持ち逃げし、警察も届けていないことも当然相談したのではないだろうか?

「そうですか…。ところで、彩陽さんが篠原さんのことを警察に届けていないということについては、山田さんには相談は無かったのですか?」

メイは単刀直入に恵子に尋ねてみた。

「いえ…。それについては、今日、あなたから初めて聞きました。彩陽さんも、きっと、それについては自分の力で解決することが必要だと思ったんでしょうね」

 恵子はそう答えたが、その一瞬、恵子の目が宙に泳いだことにメイは気づいていた。

 このやり取りを通じて、メイは恵子の人間性と彩陽の強い信念、そして二人の関係について理解し、山石の正体を探る鍵となることを確信していた。

 メイは恵子が何かを隠しているということに気づいていたが、まだそれが何かということははっきりしない。

(ここは、あまり深追いしないで、別の方向から探っていった方が良いかもしれない…)

 メイは心の中で呟き、事態が思ったよりも根深い問題を抱えているのではないかと考え始めていた。

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