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新版『ドン・キホーテ』島村・片上訳【前編】

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セルバンテスの小説『ドン・キホーテ』。 ネット上に(青空文庫にも!)、「無料」で「自由」に読めるテキストがまったくないので、島村抱月・片上伸(のぶる)訳を書き起こし、文章を読み…
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#文学

第一章には名高い紳士、ラ・マンチャのドン・キホーテの人となりと平生とを述べる。

 名はわざと省くが、ラ・マンチャのある村に、久しからぬ前、長押の槍、古い楯、痩せ馬、狩りのための猟犬などを備えている紳士の一人が住んでいた。羊肉よりも牛肉の多いゴッタ煮、大方の晩は肉生菜、土曜日には屑肉、金曜日には扁豆、日曜日には小鳩か何かの添え皿、これで所得の四分の三は使った。その余りは、安息日に似合わしい地の好い胴衣、天鵞絨のズボン、靴となった。そしてただの日には、一番よい地織りもので豪気な風をした。家には四十余りの家婢と二十に届かぬ姪と、馬に荷駄をも積めば山刀をも振り、