マガジン一覧

読ませるために書いてるやつ

読み手を意識して書いている文章たちです

何を言われても平気、あなたが味方なら

9月といえど暑い。 まだまだ暑いので、藤色のノースリーブのブラウスを着ている。 改札内で、靴紐が解けていることに気づく。 備え付けのベンチを見つけてそちらに移動する。 上半身をかがめ、靴紐を結んでいる最中、右前方からボソボソと声が聞こえる。 「⚪︎※⭐︎せすごい」 なんと言ったか分からない。 独り言だろう。 気に留めず、一生懸命、靴紐を結ぶ。 視界にいるのは、スーツを着た男のようだと認識する。 革靴、スラックスに黒いベルト、青いストライプのカッターシャツ。 下半身

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喋る右半身

ここのところ「右足のつま先をもっと伸ばして」と言われる。 母、もとい、バレエの先生からのアドバイスだ。 なぜ右足のつま先だけが伸びないかというと、脳から出されたその信号の経路が、活性化されていないからだ。 これが左のつま先ならば、一瞬にして活性化される。 脳から背骨を澱みなく流れる信号は、風を吹きあげる新幹線のようにキリリと走り、張りのある形でつま先を伸ばす。 とにかく、シュビビビッとわたしに従ってくれる。 そのおかげで、左足のつま先について注意されたことはない。

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桃源郷はどこにあるか

「どうすれば自分と向き合えますか?」 少し前に、たましいオープンチャットであった質問だ。 深い内容であるにも関わらず、質問は簡潔にまとめられていて、サラッとした素直な心を感じた。 できることなら、サラッとした素直な解答をしたかったが、そうなると、通り一遍な、肩透かしを喰らうような回答になってしまう。 匙加減が難しく、悩んだ末に、長い文章になった。 ここでは、その回答の、サラッとした素直な部分を記しておこう。 ・認知の歪みをとる ・体の凝りをとる ・自分自身を自信を

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どこまで予知を信じるか

つい先日、私の家は天井からの漏水で小さな池となった。 8畳のDKと、6.5畳の部屋にできた、ごく小さな池。 茶色くにごっていて、独特の酸臭が鼻をつく。 小学生のころ第一理科室で感じた、ホルマリンのにおい。 水源のひとつ目は、リビングルームのシーリングライトの穴。 続いて、シーリングライト横の、壁紙の継ぎ目。 天井の壁紙は、細長い楕円形にたわんでおり、カッターでちいさな穴をあけるとバケツ3杯分の水が出てきた。 窓枠の隙間からカーテンレールをつたって汚水が走る。 「ピ

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ハイヤーセルフ奇譚

今まで見てきたハイヤーセルフや妖怪、天使、霊獣などの物語をまとめています。

ハイヤーセルフ奇譚『シルクロードの商人withイタリアンマフィア編』

気の荒い友人がいる。 普段は静かであまり喋らず、穏やかなのだが、咄嗟のときに怒りの抑制が効かない。 1度だけ、とばっちりに遭い、道端で、私が泣くまで怒鳴られた。 彼は後から、泣きながら謝った 「俺がああやって怒鳴りはじめたら、どんなに論理が破綻していても、はい、と頷いて。お願い。もう金輪際こんなことはしたくない。」 私はそれから似たような流れがあると、彼の忠告通りに「はい、あなたの言う通りです」と頷く。 その2時間後に、あのときの論理はおかしいよ、と伝える。すると彼

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ハイヤーセルフ奇譚『帽子屋の妖精たち』

美しい花束を見たときに「ああ!」と心が開けたような感覚になる。 新鮮で、麗しいからだろう。 「妖精」というのはそういうエネルギーを好む。 人間にとっても、新鮮で麗しいというのは好ましい状況だ。 例外もあるだろうが、花・妖精・人間にとって「新鮮で麗しい」が好ましい状況であると仮定しよう。 花・妖精・人間、それぞれの「新鮮で麗しい」の違いはなんだろうか。 花は、新鮮で麗しく在ることに「好き」も「嫌い」もなければ、操作性もない。 妖精は、好き嫌いはおそらく持っている。た

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ハイヤーセルフ奇譚『座敷童と栗饅頭』

座敷童に会ったときのことをお話ししよう。 ある栗饅頭屋さんで、1人でお茶をしていたときのこと。 レジ前には、女の子のこけしがいる。 どうも、そのこけしが、しきりにこちらに話しかけてくる。 その時は、まだエネルギーの善悪や、相性の判断が出来なかったので、ひとまず無視を決め込んだ。 向こうからしきりに声をかけてくるケースは、近づいてみると悪いエネルギーであることも多々あるのだ。うっかり近づいて、手など合わせようものなら酷い目に遭う。 栗饅頭を食べながら、横目でこけしを確

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ハイヤーセルフ奇譚『座敷童と十二支一体』

前回の番外編に引き続き、座敷童の話をしよう。 座敷童とは、人間に幸福を運んでくれるという、女の子の妖怪である。 それはつまり、幸福を循環させるための「繋がり」を辿ることができるということだ。 人間関係がうまくいったり、商売がうまくいったり、巡り合うべきチャンスが早く訪れたり、なんかラッキーなことが起こったり、と、そういうわけである。 この物語で登場する座敷童は、『十二支一体』と呼ばれる伝説上の動物の加護を引き受けている座敷童である。 私の高校時代の友人である「アカリ」

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読ませるためじゃないシリーズ

人に読ませる、という構成で書いていないシリーズです。

人に読ませるためではない日記2024.7.2

思ったことをばっと書いていく わたしはよく考えるほうだ 考えすぎなくらいに考えていることを、最近ようやくわかってきた。 結構、根に持つタイプで、それも多分考えすぎることの弊害だと思う。 人は変わっていく、わたしもずいぶん変わってきた。 「変わっていない」のは自分の認識の中だけで、人は普通「表出される部分」が変わることで、「あの人は変わってしまった」と感じる。 ピアスを開けた時に「チャラくなった」と言われたのと同じだろう。 今日は口紅を買いに行った。 真っ赤なブラ

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人に読ませるためではない日記2024.7.17

バイトに行く ここのところ気分がすぐれない。 おそらくずっと昔に封印した「恐れ」だろうか。 何かしらの感情が開きかけたまま ぼんやりと私の体を重くしていることだけがわかる。 条件付きの愛、とはよく言うものだ。 わたしは好きだなあと思う人に「その人そのままでそうあってほしい」と思う。 それは、なにかのきっかけで相手を嫌いになってからも思う場合がある。 嫌いになってしまった相手の心の奥底に「他者を愛したい」という動機があるかどうかがひとつの指標だ。 そこがぶれない

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人に読ませるためではない日記2024.7.15

ヒスパニ解散かあ。 刺激的で充実した毎日を送ると、地道な積み上げにチューニングを合わせづらくなるという感覚が書かれていて共感できたのだけれど、だからこそ、充実しているかしていないかに揺れ動かされることなくやりつづける精神が尊いのだと思った。 カワイ・レナード 思い浮かんだから、唐突にバスケットボール選手。 今日は祝日。 ドビュッシーは天才だ。あああああ。 バレエでスポッティングというのをやった。 ターンをするときに、一点をみつめつづけて、くるっと首をすばやく回して

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人に読ませるためではない日記2024.7.13

給料日15日やと思ってたら、15日は祝日だからもう入ってるらしい。 ヤッタネ!!! メールの明細来るのなんか早いなと思ってたんだよね!!! ほぼ生活費だけど給料日はなんとなく嬉しくなっておきたい。 一応、五千円ずつ積み立てをしていて、そのお金でワインバー時代の先輩と大好きなビストロに行ったり、いいワインをあけたりする。それはとても楽しい。月日が流れるのは早いからそこそこ貯まる。 疲れなのか、2日くらい寝て過ごしたので、体は重いけどまあまあ元気だった。 でも正直まだまだ眠

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『丸に梅鉢』各曲コラム・有料SS

『丸に梅鉢』の楽曲コラム。 ブロマイド付きショートストーリー3本は有料です。

1.∫(丸に梅鉢・楽曲コラム)

私はこの短歌のように、自身の体の中に大きな「水」の流れを感じている。 幼い頃から、水に対する初期衝動がすごい。 水への初期衝動をひとつ、紹介したい。 2歳のころ、母に連れられて、兄の通うスイミングスクールに行った。 兄が泳ぐのを見た私は、目の前の大きな水たまりによほど魅力を感じたのだろう。 母の横で静かに服を脱ぎ捨てた。 素っ裸の女の子を心配そうに抱き抱える水泳コーチの姿が目に入った母は、「よっぽど泳ぎたかったのかしら」と人ごとのように微笑ましく思ったそうだ。 ふと

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2.浮世絵(丸に梅鉢・楽曲コラム)

浮世絵、といわれて思い浮かべる絵はあるだろうか。 葛飾北斎の富嶽三十六景、神奈川沖波裏 歌川広重の東海道五十三次 菱川師宣の見返り美人 有名な浮世絵はたくさんあるが、この楽曲のタイトルである「浮世絵」は、どの絵も当てはまらない。 では、どの「浮世絵」がこの楽曲のテーマなのですか?という話になる。 私がこの楽曲に「浮世絵」というタイトルをつけた意味は、「絵」とは別のところにある。 私が、文字への執着がある人間だということを前提に、その話をしよう。 歴史で「浮世絵」に

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3.空洞(丸に梅鉢・楽曲コラム)

良いコミュニケーション、といえば、どんなものを思い浮かべるだろうか。 その例に「キャッチボール」という言葉が使われることがある。 私はコミュニケーションを「キャッチボール」と例えるのが好きでは無い。 投げるボールが一つという前提のような気がするからだ。 誰だって、いろんな色・重さのボールを持っている。 「投げやすいボール」を持っている人が、自然とたくさん投げることになる。 投げること、受けること、がコミュニケーションの本質ではない。 他者がそのボールを投げるまでの

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4.美術館(丸に梅鉢・楽曲コラム)

この有名な諺も、もともとは英国の詩人バイロンの『ドン・ジュアン』という作品の中の言葉らしい。 いつの時代に日本語訳されたかは知らないが、断定の「なり」という締め。 語呂の良さと、切れ味が出ていて好きだ。 なんとなく、年をとればとるほど「ノンフィクション」というものの価値がじんわりとあがってくるような雑感がある。 その一例として、自分より年上の方から、こういう声を聞く。 「もうねえ、この年になったら、甲子園が泣けて泣けて」 甲子園の時期になると、この言葉を3回以上は聞

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小説『鬼の伝説』

板倉雷夏に憑いているハイヤーセルフの1人である「とある鬼」の歴史を辿ります。 この鬼は、中国の伝説にも、古事記にも、日本書紀にも残っていない鬼で、大物主という神様の神使をしていました。

小説『鬼の伝説』前書

つい1年ほど前から、「ハイヤーセルフ」だとか「アカシックレコード」だとかいうものが視えるようになりました。 ものすごく雑に表現すると。他者の前世や、守護霊的なものが視える人になったということになります。 そうして、「チャネリング」という仕事をしはじめました。 他者の過去生の経緯、過去生を含む、今世の人生相談(ライフ・リーディング)をする仕事だと言えます。 仕事以外のプライベートでも、「どうして視えるようになったのか聞いてもいい?」と尋ねられることが増え、気づけば同じ内

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1.目覚め

26歳の時、初めて視た他人のハイヤーセルフは「アメリカンバッファロー」。 大阪のとある喫茶店で、整体師の男性と会う約束をしていた。 私はヨガをする人間であり、彼は体を扱うことを仕事にしている人間で、お互いに音楽をしていた。 互いの文化圏に興味を持ち、会うことになった。 ホットカフェオレに生クリームが乗っていることを喜び、飲み物をのんで一息ついたところで、彼はおもむろに「雷夏さんは、溝男って知っていますか?」と投げかけた。 「溝と、密約をしている男なんです。」 密約?

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2.雷の神様

溝男が「溝」と密約状態にあるように、私自身にも、交わすべき「密約」がある。 
一体、それは何と交わされるべきものなのか。

 それを明らかにするため、とあるエステティシャンに会うことになる。 彼女は「体に触れると、その人に憑いているものが視える」という噂だった。 彼女に会うため、1時間ほどかけて電車で山手に登った。 
 山あいの駅に到着してバスロータリーへ出ると、7人乗りの黒いバンが止まっていて、助手席の窓がゆっくりと開く。
 小柄な女性が私を迎えに来ていた。
 瞳が

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3.鬼からの示唆

エステティシャンに「雷神が憑いている」と言われてから数週間経った。 ある日、急に、ピアノが喋るようになった。 「そこの音、強すぎる」 「もっとお姫様をキャッチするように弾いてくれないと困る!」 「あ〜だめだめ!このフレーズの深いところはそこじゃない」 弾くのをやめると、お喋りは止まる。 大事なライブを控えていたため、練習をしすぎておかしくなって、楽器の声が聴こえるようになってしまったのだろうかと思った。 ピアノの先生は驚き、「急に上達したね。何がどうしたの?」と尋ね

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