マガジンのカバー画像

鶴居村移住&テレワーク推進協議会

20
北海道阿寒郡鶴居村。人口約2500人の村ですが自然に溢れとっても豊かな魅力あふれる村なんです。2020年6月より村民として暮らし始めたので、鶴居村の様子や、これから鶴居村を拠点に…
運営しているクリエイター

2021年7月の記事一覧

オススメの辺境エッセイ

 題名は「ここは、おしまいの地」。帯には「文化も娯楽もない場所に生まれて」。著者はネットから出てきた私小説風エッセイストのこだま氏だ(たぶん道南で暮らしているのだろう)。前作のタイトルはエグくてここに記載できない(内容は切実なのですが)。  辺境で暮らす同時代の人々の思いは、なかなか伝わりにくい。平安時代に蝦夷に住む人々の生活や心情が宮廷人には理解するすべがなかったと同じことで、メディアが発達した令和の今日でも、やはり田舎の現実は届いてはいない。関心がないから? それもある

鶴居村ワーケーションのススメ

約1年、東京からほぼ毎月のように鶴居村に来てワーケーションをされていた(半分住んでるんじゃなないかというほど)、ネクストモードの里見さんの記事がとてもおもしろく参考になるので紹介します。 ワーケーションについてのノウハウはこの里見さんの記事を読んでいただければよく分かるかと思いますが、鶴居村で実際にワーケーションをしたいとなった場合の選択肢を紹介します。 鶴居村のワーケーションガイドブックデジタル版 ↑ 鶴居村の観光協会が中心となって制作しているこちらのパンフレットにも各

DOOTOOスタイル①

 鶴居が位置する道東エリアは、夏は涼しく冬は極寒の独特な気候と日本離れした自然環境を有する地域として知られています。  日本離れした自然といいましたが、それには理由があります。今から4万年ほど前に始まる後期旧石器時代には、北海道はアジア大陸と繋がり、半島を形成していました。「古北海道半島」です。サハリンや千島半島、北アジアと類似した気候で、針葉樹林が植生のほとんどを占めていました。よく北海道は大陸的と言われることがありますが、そもそも大陸の一部だったのです! このアジア大陸

移住者インタビュー①板さん夫婦

 新型コロナがいっこうに終息の兆しを見せない中、都市部で人口変動が起きている。転入超過だった東京都の人口がコロナの影響受け、毎月3,000人前後の転出超過となっている。多くは千葉、埼玉、神奈川など東京近郊への移住だ。  しかしテレワークを勧める企業も増え、月に数度の都内出勤なら交通の便は少し悪いが家賃が安く子育てもしやすい都市部近郊に引越そう、と決断した勤労世帯が移動し始めているようだ。 そんな東京脱出組の中には、どこでも仕事ができるなら、いっそ「ど田舎」に引越そうと考える

辺境と都会をかき混ぜる

 いきなりですが、移住について考えてみましょう。移住とは移動の自由があって可能となります。当たり前だ! すみません、ですが当たり前のことこそ、重要なのです。  この国では移動の自由は権利として保証されています(中国などは今でも田舎から都市への移住は制限されています)。つまり、どこに行き、どこに住んでも自由であり、誰に文句を言われることもない権利なのです。その結果どうなったか。  都市に人口が集中することになりました。 説明するまでもないでしょうが、都市には様々な機会があり、

辺境について考える

 辺境とは「中央から遠く離れた場所、くにざかい」のことだ。例えば宮本常一の『辺境を歩いた人々』で取り上げられた辺境は、八丈島や北陸、蝦夷、沖縄などで、どれも中央から遠く離れている。ここ蝦夷はつい最近まで正確には日本に属していなかった事実に驚くべきだろう。  150年前にようやく和人が移住し始めた蝦夷、つまり北海道の、そのまた東のハズレに位置するこの地は辺境以外のなにものでもない。ということは、いまだ開拓途上だともいうことができる。戦後は終わった、かもしれないがこの地ではまだ