追い出し屋と宅建士1年目

「建て直すので、3ヶ月後に出ていって欲しい」

丁寧なニュアンスで追い出し屋からそう言われた、とBさんは言った。

不動産業者に勤めるとそれなりに聞く『追い出し屋』という存在。良くも悪くもグレーな存在なのだけど、法律の縛りが強くなり縮小してると聞いていた。バブルの頃は追い出し屋が重宝されたらしいが、当時宅建士1年生の私にはピンと来なかった。

しかし追い出し屋と関わりを持ってない私でも、「3ヶ月」という話は引っかかった。

借地借家法という法律があり、雑に言えば「追い出させたいなら、誰が見ても追い出す常識的な理由かそれなりの代金を用意しないとダメ。しかも短くても6か月以上前に言わないと絶対に追い出しちゃダメ」という条文がある。

だから基本的には「常識的な理由 or 正当な金」(※1)と「6か月以上前」が無いといけない。追い出し屋の「建て直すので3ヶ月後に」は認められない。

とはいえ、お互いが納得の上で出ていくなら全く問題がない。だから現実的にはあの手この手で追い出されている。

が、しかしBさんは違った。

住んでいる人(Bさん)には子供が多く、3ヶ月では新居探しや引越しの準備などできない。出来るなら6ヶ月欲しいという話だった。

その話がBさんの友人経由でウチに来たのだ。


ウチがBさんの代理人として交渉を始めたところ、追い出し屋がなんと借地借家法を知らなかった。知らないハズはないだろうと思うけど、何故か3ヶ月で出すことが正しいと譲らない。こっちも業者なので、テクニック(屁理屈)が効かないのはわかってるはずだ。

電話では平行線を辿ってしまうので、書面でのやり取りをするようになった。
しかしここでも差が出たのは、ウチは内容証明郵便、相手は手書きの手紙。
いよいよ怪しいが、調べると相手はキチンと不動産会社の免許を持っており、それなりに続いている会社でもある。

「ものを知らない業者」ということで進めることにした。
窓口をしている親父曰く「この業界はバカが多い」らしい。教訓になる。

さて、追い出し屋のやることは1つ。マンションを借りてる人を追い出して、マンションの建て直しをする(マンションの資産価値を高める)ことだ。

だから、先程言った「正当な金」(※1)を追い出し屋が用意する訳にはいかない。その分利益が下がってしまうからだ。

でも業者が代理人になってしまうと、金額を算出するために腹の探り合いになる……わけだが、金額を出すための根拠が、これまた問題だった。

「不動産鑑定士によるちゃんとした根拠がある」ということなので見せてもらったら、数枚程度の紙が送られてきて、鑑定士の署名捺印どころか〇〇サービスと書かれている。おいこれ知ってるぞと思ってサービス名で調べたら、鑑定士監修としか書かれてなくて、しかも末尾に「参考用なので根拠として使わないで」と書かれてる。

これは鑑定士の書類じゃないよと言うと「なんだ強請る気か!?弁護士に依頼するぞ!」と言う。

むしろ弁護士に依頼してくれと言う感じなのだが、微妙な食い違いが置きつつも書面のやりとりは続いた。

途中で「結局なにがしたいんだおたくは。いくら必要なんだ」と言い放ったので「〇千万円※2なら出ると言ってますよ」と答えたら「足元を見やがって……!ふざけんな!」と追い出し屋はブチ切れてた。そんなこと言う人間いるんだ。

追い出し屋はテンプレのような墓穴を掘りまくっていた。

結局、追い出し屋の担当は外されたらしく代表者が○千万円※2の要求を飲み、5ヶ月以内退去ってことで円満解決となった。
墓穴を掘らない担当だったら、もう少し金額の交渉と退去日を前倒しするということはできたかもしれない。

とても学びになる経験だった宅建士1年目の話。

そうだ、大事な前置きを忘れてた。

この話は経験を元にしたフィクションです。


※1 正当な金額とは言ったが、ここに明確な根拠や計算式があるわけではない。計算のもとになりそうなデータはたくさんあるが、どのデータを使っても「これが正しい額です」とは誰も言えない。だから慎重な対話の上で金額を算出する必要がある。

※2 吹っ掛けただけの金額であり、上記の正当な額は上回っている。吹っ掛けに応じざるを得ないほど墓穴をほったやつが悪い。


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