意識

 意識したら駄目、意識したら終わり、終わりは始まりっていうけれどこれは意識しちゃいけない部類の相手だ。そう思っているのにそんな相手に壁際に追い詰められ右手首を掴まれて、ああまずいと思った。このままじゃ捕食されてしまう、そう思うくらいに意識している矛盾。
「なに黙ってるんだよ、もしかして見惚れてるとか?」
「そんな訳ないでしょ? その自意識過剰、気持ち悪い」
 目つきの悪い男の口元が弧を描くから表情は悪い笑みにしか見えなくて、こんな言葉が出てくる時点で自分にかなり自信を持っている男なんだなというのが伝わってくる。そんな男に対して否定的な言葉を用いて、その傲慢さを少しでも潰してやりたい気持ちに駆られた。我ながら随分と捻りのない言葉だと思ったけれど、それでも言わずにはいられない。

「お前のそういう意外と馬鹿っぽいところ、好きだぜ?」
「アンタに好きと言われても嬉しくない」
「そうやってわざと口を悪くしているところも好きだけどな」
 見透かすかのような言葉を紡ぐから余計に腹が立つ。私の感情はどうしようもないくらいに、この男に乱されているのだ。

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