褒められる人と、当たり前に思われる人
中学生のころ、反抗期で親の言うことは一切聞かないし、学校はサボって外で悪さばかりしていた。
親は僕が高校に進学できるかどうかが、かなり心配なようだったが、部活でしていた柔道を「うちの学校でやってみないか」と声をかけてくれた高校があり、僕は高校へと進学をして、無事に卒業することができた。
僕には2歳年下の妹がいて、妹は当たり前のように高校に進学し当たり前のように卒業した。
だから、妹曰く「お父さんとお母さんは、お兄ちゃんが高校を卒業した時にはあんなに喜んだくせに、私が高校を卒業した時には全然喜ばんかった」と、大人になってからもよくぼやいていた。
高校卒業という同じ結果でも、それまでの過程で喜ばれる人もいれば、当たり前のことだと思われる人もいる。
日頃、家事をしない人がたまに皿を洗うだけですごく感謝されているし、普段育児をしない人が、おむつを替えるだけでイクメンだともてはやされる。
家事も育児も当たり前のことで、誰かに褒められたくてやっているわけではない。
でも、たまに手伝う人が賞賛されているのを見て、「ずるい」という気持ちが沸き上がるのは、やっぱりどこかで褒めてもらいたいのかもしれない。
あの頃の妹のように。
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