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英文仏教書講読The Art of Solitude(第9回:5章その1)

今回は前説が長くなったので、講読は5章の前半で終わっています。次回で残りをやります。渡部るり子さんの訳文も講読した部分だけアップしておきます。瑠璃子さんが「宮廷」と訳しているcourtは「裁判所」「法廷」と解した方がいいかと思います。それからhair shirtは「罰として着る」とありますが、むしろ苦行の一環として進んで身につけるので、この部分はいらないと思います。hair shirt: 昔の苦行者の馬巣(ばす)織りの肌着〘馬など動物の毛を織り込んだもの〙

英文仏教書講読第9回。第5章その1。 今回は前説が長くなったので、講読は5章の前半で終わっています。次回で残りをやります。渡部るり子さんの訳文も講読した部分だけアップしておきます。瑠璃子さんが「宮廷」と訳しているcourtは「裁判所」「法廷...

Posted by 松籟学舎一照塾 on Tuesday, September 28, 2021


孤独について
ミシェル・ド・モンテーニュ
随想録からの抜粋

それは哀愁を帯びたユーモアだった。数年前に孤独に身を投じ、その悔しさから生まれた。ユーモアは私には似合わないので、書くことに関わるというこの白昼夢のようなアイディアを初めて思いつかせたのである。
今となると、孤独の唯一の目的とは、もっと愉快に、もっと安らぐためであると信じている。

私はもともと宮廷のにぎやかさが嫌いなわけではない。ある期間をそこで過ごし、-時々ではあっても、私に合っているという時には- 人々と楽しそうにすることもできた。しかしながら、この選り好みの激しさが、強制的に私を孤独に結びつけた。家にいても、絶えず訪ねてくる人があり、多くの人に会ってはいたが、とても話したいと思うような人はあまりいなかった。

宮廷や市場に足を踏み入れないというだけでは、人生における根本的な心配事から逃れることはできない。野心、強欲、優柔不断、恐れ、願いといったことは、ただ住まいを変えただけで消えるわけはないのである。修道院や、哲学を研究する場にいたとしても追いかけてくる。砂漠も、洞窟も、罰として着る硬い毛織の肌着も、苦行も、私たちを救い出すことはできないのである。

(第10回に続く)

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