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王 友 釣 魚 便 り (王友第十四號)

         本 社  蘆 舟 生

       □ま へ が き□
 本社釣友會の十一年下期釣成績は、「王友」第十三號に發表せし如く海、河共に豫想外の不漁であつた。惠須取工場稲生氏の釣漫談によれば、同地は釣には實に惠まれて、何處でもジヤン/\釣れるとの事。そして、本社の連中を一度招待して、心行く迄釣らして上げ度いとの御同情、本社釣友會員一同有難く御禮を申上げる。然し一寸惠須取へ山女魚釣りにと、釣竿片手も出來ない相談、乍殘念マア暫くは、東京で釣れないながらも氣を永く、今に大漁があるだ
らうと、それを樂しみに太公望を極めて居やう。

     □新 年 度 の 計 畫□
 昨年は不漁に終つたが、十二年度初釣は必ず大漁をと、それには大衆向のタナゴ釣ならば間違ひあるまいと、計畫したのが寒タナゴ試釣會。然るに年變れど何處も香しい成績を擧げたる模樣もなく、入る情報は何れも面白からざる爲め、遂に寒タナゴ釣大會は中止の已むなきに至つた。
 次に計畫したのが富士山中湖のワカサギ釣、之は帝大農學部の西垣先生が、吾が釣友會員の爲め特に御骨折を願ひ、一度試釣の上實地御案内下さるとの事にて、其情報を持つて居つた處、生憎本年は氣溫高く結氷充分ならざる爲、氷上ワカサギ釣は出來ぬとの最後の通牒、之にて第二次計畫も瓦解。

      □春 季 大 會□
 タナゴ釣も駄目、ワカサギ釣も中止と云つて居る内、櫻は散り長閑な春の日はポカ/\とビルの窓に訪づれ來り、會員の腕並に竿は高鳴りをする始末。丁度新入會員も多數あり、又舊會員中工場への轉任者もあるので、新舊會員送迎を兼ね四月廿五日春季大會を催す。午前七時半三信ビル前に集合。目的地は江戶川工場の大貯水池。會する者小林會長をを初め石井、依田、田代、菊池、永井、坂田、楳田、只腰、高橋、(以上舊人)加納、高橋、佐上、岩崎、福島、(以上新人)の十五名、自動車三臺に分乗出發。
 此日工場へ轉任の方々は出發準備御多忙にて、一名も參加されなかつたのは甚だ殘念。
 九時過江戶川着。思ひ/\の場所に散兵。釣方開始。
 朝家を出る時から時折パラ/\と雨が降るので、今日一日は如何かと思つて居つたが、八時頃には薄日も漏れて來たので、此分では大丈夫と喜んだ甲斐もなく、晝頃からはパラ/\がポツ/\となり、次第に心細い天氣になつて來た。陽氣の加減か魚の當りも少なく、池を一廻りして各人の漁況をみたが、何れも香しくない模様。其内雨はいよ/\本降りとなり、新人は遂に竿をたゝんで工場見學に轉向、舊人のみ雨中合戰を續けたが遂に敗北、一人止め二人止め、三時頃には皆竿をたゝんで、工場の御好意により造られたテント小屋の中に避難する。
 工場見學に行つた新人の一行が何時迄待つても歸つて來ない。そんなに時間がかゝる筈もないが、ハハァ例により北村工場長の釣談義?と思つたら案に違はず一席長講を拜聽との事。
 今回は大物賞のみ贈呈、夫れも鮒に限ると規定せし爲め、折角鯰の大物を釣られし田代、菊池氏は失格し、石井亮二氏に賞品が渡された。同氏は例により北海道流リール竿にて活躍。降雨に取りまぎれ各人の成績及石井氏の大物寸法を記錄するのを失念せしは幹事の失策申譯なし。然し餘り大した成績でもない樣だから或は反つて無記錄が名譽の爲め好都合かも知れぬ。
 工場の各位に禮を述べ、歸り支度をしたが、市電サボを狙ひ、附近の自動車は皆市中へ出稼に行つて不在、無據折から通りかゝつた乗合に買切の如く一同乗車小松川へ、更に城東電車にて錦糸堀へ。
 雨は益々降つて來る。頭からズブヌレ、寒くなつて來。豫防注射でもしないことには風を引く恐れありと、錦糸町邊で飲み屋へ飛び込んだ處、良き鴨入來とばかり、白粉顔がサァ御二階へと、サービス滿點だつたが、後から/\異樣な格好が十數名も入つて來たので、鴨が變じて家鴨となり、家が狭くて皆樣は入れませんから、大勢樣ならば此先に良い處がありますと、此處を撃退され、某大衆食堂に一同安着、今日の不漁を喞ちながらも無事歸還を祝し先づ乾
杯。料理は寒いので湯豆腐一點張り、遂に同店の手持を食ひつくし豆腐屋へ家人を走らす始末。これにて一同元氣回復無事散會。
 終りに一言。本日午前七時半に三信ビル前に集合、江戶川着九時過となりたるは、某氏が必ず出席すると云つたので、集合時間を經過しても待つて居つた爲めであるが、約一時間經過しても遂に不參。翌日の言葉に雨が降つたからとの事であるが。集合時間頃には雨は降つては居なかつた。夫れにわが釣友會員は少し位の雨は雨の部に入れて居らぬ。支那人の戰爭ではないが、雨がいやなら傘をさしても出來る。釣士に
違約と時間の觀念のないのは禁物である。某氏に限らず會員各位に於ても、今後は此點特に御留意願ひ度い。

      □清 水 白 鱚 釣 遠 征□
 小林會長と富士山山林出張所長秋山氏との間に「東京は魚が釣れない、そちらはどうだ」
「清水は今鱚が良く釣れる來ないか」「それでは出掛けるかナァ」「是非來い」と云つた樣な話が出たのが元となり、釣友會清水港遠征となつた。
 五月廿二日土曜日十一時四十分東京驛發終列車に一行十二名乗車出發。横濱驛を通過後、豫て持ち込んだる宴酒用四合壜三本を仲良く飲み始める。睡眠劑の積りが興奮劑となり反つて寢られぬ。汽車は走るメートルは上る、走る程に醉ふ程に一人當り一合の酒は間もなく飮みつくし、小田原にて追加を買はんとしたら二合壜一本きり、之を買占め又飮み續ける。N氏の氣勢益々上り、明日否今となればモウ今日の部、今日は釣りまくつて清水港の魚を皆釣上げるが如き勢。兎角する内富士驛着。案内役として工場の秋山、稲葉、福原の三氏乗車され、「御邪魔に上りました「よく來られました」「何卒宜敷」等挨拶をして居るに、目的地清水驛着、五月廿三日午前三時三十九分。
 清水に着いて先づ氣にかゝる釣場の模樣をきくと、「折角御出になられたが、海が時化て居るのでとても船が出せませんから、暫く樣子を見ることにしませう。」とのことである。之には張切つた一同を面食つた。どうにも致方ない。曉天の一角をにらみ乍ら、時到るを待つた。
 沖の方にチラ/\灯火が見へる。あれが三保の松原、こちらが何々と話を聞いて居る内、夜も白々と明け始め海が見える樣になつて來た。
 發動汽船が波をけつて出かけて行く。「あの通り波をかぶつて居りますからとても・・・」すると海には自信充分の小林會長が「あの位の波なら品川沖でもあるのだから出掛けやうぢやないか」と切り出したので、待つてましたとばかり一同勇み立ち濡れてもよい樣に支度萬端整へ、五時半頃數艘に分乗清水港を後に興津方面へ出船。同地としては一番惡い風とのことにて最初驚かされた程でもないが、波も相當あり夜
行のつかれも手傳ひ、多少参つた者も出て來る列車中大氣焔のN氏等もノビタ組。尤も同氏は魚釣は上手だが、船醉も人一倍早い方である。後で工場の方から「本社の方々は大分西園寺公を訪問せられた樣でしたネ」と云はれたのを見ると、丁度坐漁莊の沖で釣つて居つたのだから、船醉をさましに上陸休憩した連中が多かつたらしい。或は日ならずして林内閣總辞職があつたから之を見越して何か老公の處へ御伺ひに参上したのかも知れぬ。流石漁の多い處故、船醉、睡眠不足になやませられながらも、目的の白鱚を始め、メゴチ、之も東京灣のと段違ひ尺大のものがグイグイ釣れる。
 午後からは波も大分靜かになつて來たが、空模樣が段々惡くなり氣温も下つて來たので未練はあるが二時半頃打切り清水港へ歸船。京稲にて一風呂浴びて、浴衣に着更へ、工場の御好意による宴に臨み十二分の御歡待を受け、加ふるに工場の方々の釣られた分迄も家苞にと是亦十二分の御土産を頂戴、午後七時三十三分清水驛發列車にて歸京す。
 同日の獲物は白鱚、メゴチ、赤鯛、コチ、カワハギ、ムツ、カレイ、カサゴ、ギチ、ホウボウ、アナゴ、サメ等十數種、總計約九百匹(成績は左記の通り)の大漁。フグは魚に非ずとて相當釣つたが算入せず海へ逆戾り。如何に今回の清水遠征が惠まれたかは魚の山の寫眞、並に小林會長のニコ/\顔の釣三態により御想像願ひ度い。
 尚今回の遠征につき御盡力下さつた菊池氏が御家族に急病者が出來た爲不參の止むなきに至り、又その他有力なる會員諸氏が事故の爲め不參され、日頃の腕前を拜見し得なかつたのは殘念であつた。尚終りに本誌面を借り工場各位の御好意に參加者一同厚く御禮を申上げます。又當日の記念撮影は本社寫友會の重鎭∪氏が擔當されたが、弘法にも筆の誤りあり、カメラマン大漁に上氣してか二重寫をせし爲め寫眞を御送
り出來なかつた事を御斷り申上げます。
    釣 魚 成 績
順 位     氏  名   キス   其他   計  一人當り
一 等  小林、楳田、荒川、 一四四  四三  一八七   六二
二 等  石井、坂田、中里、 一三九  三二  一七一   五七
三 等  秋山、福原、稲葉、  八一  一七   九八   三二
四 等  永井、高橋、     八〇  一一   九一   四五
五 等  田代、福島、     五六  一八   七四   三七
六 等  藤田。飯田、     四一  二一   六二   三一
      其他計      一七〇  四六  二一六
      總 計      七一一 一八八  八九九

    □白 鱚 釣 大 會□
 清水遠征白鱚釣の大漁が忘れられず旁々釣友會の年中行事でもあるので、大師沖で白鱚大會を催す。
 七月十一日午前六時半品川驛集合。參加者十五名。曇天、加ふるに小雨氣味にて危しい空模樣だが、小雨位を恐るゝ者一人もなければ北品川の山田船宿より三艘に分乗出發する。大森瓦斯タンク沖を通過する頃より相當の降雨となり、已なく一時停船しテントなどを張り雨の止むのを待つ。誰も釣りたいのは同じ、一寸小止みになつて一艘がエンヂンをかければ他の二艘も直ぐ其後を追ひ、九時頃大師沖へ到着。
 今日は賞品が出る事になつて居るので一同張切つて釣始める。始めは目的の白鱚のポツポツ釣れたが次第にメゴチ、ギチ等の外道が多くなつて來た。二、三場所變をする内、晝となつたので停戰協定をなし、鹽鮭、佃煮にて晝食を爲す。海上の晝食は粗菜でも實に好い。それに風もなく波もなければ船醉もせず一層食欲が進む。一同から懸念された船醉の大家N氏も今日はしつかりして元氣である。釣にかけては皆熱心である。晝休みもそこのけで、飯が咽喉を通
つたか通らぬ内最早竿を上下して居る。
 午後からは薄日さへさし、海上はべた凪となつて惠まれた釣日和となる。釣れるものは依然、メゴチ、ギチが多い。然し此奴兎角外道々々と馬鹿にされるが食つては仲々好い魚である。遊ぶ一日は時間が經ちやすく、何時しか豫定の四時となつたので號令一下一同竿を納め、五時半頃船宿へ歸る。全員立會の上獲物の審査をなし左記の通り順位を決め、夫々賞品を授與する。

 順位  氏名  船  白鱚  其他   計   總數順位
 一  太田  B   一二  四二  五四     四
 二  石井  B   一二  四一  五三     五
 三  荒川  B   一一  三二  四三     八
 四  加納  B   一一  二二  三三     九
 五  菊池  A   一〇  七〇  八〇     二
 六  楳田  A      七  八一  八八      一
 七  永井  C    六  四五  五一      六
 八  矢野  C    六  三九  四五      七
 九  福島  C    六  二七  三三     一〇
一〇  高橋  C    五  五一    五六       三
一一  小西  B    五  二四  二九    一一
一二  藤田  A    四  二一  二五    一三
一三  坂田  B    三  二五  二八    一二
一四  只腰  A    三  一七  二〇      一四
一五  佐上  C    二  一五  一七    一五
    合計     一〇三 五五二 六五五

 以上の順位は白鱚の多きを一等とし同數の場合は雜魚を加へたる數の多きを上位とせし爲め、雜魚一匹の差にて太田氏一位となり、石井氏の雜魚中には本日中の大物に大のコチがあつたので、之を切身にすれば雜魚の三匹位に該當するだけ御氣の毒である。又菊池、楳田兩氏は白鱚少なき爲五、六位となつたが其總數に於ては八十餘を算し流石釣友會先輩たるの貫錄を示したのは心强い次第である。
 此日の成績は清水の成績等と比べれば段落ちだが東京に於けるサンデ―アングラーとしては大漁の部である。出張不在の爲め參加出來なかつた小林會長及定連の田代氏等はサゾ羨むことであらう。

    □     雜     □
 六月十四日(月曜)釣友會有志陶々亭に會し晝食を共にしつゝ小林會長より昨十三日相模川に於ける鮎釣談を聞く。其日の魚拓は上欄に掲載したものである。會長の鼻息急流荒瀨の如く甚だ荒し。七月十二日(月曜)昨十一日白鱚釣大會に參加せる十五名陶々亭に會し晝食を共にしつゝ昨日の成績、今後の方針等に付座談會を催す。(終)

「王友」第十四號 昭和十二年九月二十八日發行より


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           紙の博物館 図書室 所蔵

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