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イノベーションを起こし続けるための5つの秘訣

最近、日本のプロダクトカンパニーの方々とお話させて頂く際、「汎用的にイノベーションを起こし続ける秘訣は何なのか?」という質問をよく頂くようになった。私がMBA中に米国テックの世界に飛び込もうと思ったのも、この疑問が原点だった。

もっとも、永続的にイノベーションを起こすことなど可能なのか、という見方もある。「イノベーションのジレンマ」で知られるクリステンセン教授は、ハーバード大学のクラス「持続的に成長する企業の創り方」の最後の授業でこんな言葉を残している。「多くの企業が一度は破壊的イノベーションを起こしているが、破壊的成長のエンジンを作り、それを維持し続けた企業は存在しない」と。

しかし彼は、その中で破壊的イノベーションを複数回実現した会社の1つとして、Amazonを挙げている。Eコマースやクラウドの先駆者としては勿論有名だが、私は同社がリテールメディアという新しい広告カテゴリーを築き上げる過程を垣間見ることができた。今日は、そこからの経験を踏まえ、上記の問いに対する私なりの答えを棚卸ししてみたいと思う。日本の会社でこれを活かすならどうするか、思い巡らしながら書いてみたので、参考になれば嬉しい。

① 公の行動規範と、「真の」行動規範を一致させる

ステキな行動規範をHPに掲載するのは簡単だ。イノベーションを大事にしたいなら、それに沿った内容を書くだろう。問題は、多くの企業では公の行動規範と「真の」行動規範が一致していないことだ。「真の」行動規範は、誰が評価・昇進・左遷させられるかで形成されていく。言行一致するには、行動規範をそれらの活動の礎にしなくてはならない。Amazonはリーダーシップ・プリンシプルという行動規範を掲げており、これを主に3つの場面で運用している。

  • 採用:候補者を採用するか否かは、このプリンシプルに基づいて判断される。どれだけ「基づいて」いるかと言うと、面接前に「Aさんは候補者の『Ownership』を見て、Bさんは『Bias for Action』を見てください」といった具合に役割が決められている。面接の評価シートはこのプリンシプル毎に5段階で記入し、面接官全員がそれを記入し終えたら開示して議論ができる。

  • 評価・昇進:評価や昇進の際も、周りのフィードバックはこれらのプリンシプルに沿って集計される。昇進の推薦状を提出する際、対象者の強みは勿論書くが、同時にどのプリンシプルが弱みかも書かなくてはならず、それを加味して、対象者は昇進に値するか議論される。

  • 日々の会議・メール:事業部長や役員の発言で多いのは、「これって顧客のためにいいこと?」「もっと簡単にできる方法は?」「この水準でいいの?」「もっとデカく考えないと」「もっと早くできない?」が代表的だが、これらは全部プリンシプルに則ったものだ。

ここまで行動規範を浸透させることで、社員が「成功するにはこのプリンシプルを体現するしかない」と信じ、それに沿って行動するようになる。逆に、「口ではそういうけど、本当は違うんだな」と思われた瞬間、行動規範はポスターと化してしまう。

② 全ての提案は「5つの顧客の質問」から始める

新しい提案をする際、Amazonでは「顧客からの逆算」というアプローチで以下を先ず書き出す。

  1. 顧客は誰で、

  2. 彼らの課題は何で、

  3. それに対する解決策は何で、

  4. どんな顧客体験にするのか、

  5. 成功をどう定義・測定するのか、

どれ程徹底されているかと言うと、他部署に協力の依頼をする際、依頼フォーム(Jiraチケットのようなもの)に大抵この質問があるので、それを書けないと前に進めない。

新たな予算を必要とする程大きな取り組みの場合は、この5つの質問を基に、ローンチ時を想定した仮想プレスリリースを書き、主要メンバー間で議論する。プロジェクト化する前にこれをやることで、顧客が理解・共感できる提案を念頭に進むことができる。まだの方は、「5つの顧客の質問」「プレスリリース・よくある質問」の記事を是非ご覧頂きたい。

顧客を軸に考えるのは、当たり前なのだが、戦略コンサル出身の私は体得するのに苦労した。経営陣を顧客とする戦略コンサルティングでは、業界動向や他社比較など、全体像から進むべき戦略の方向性を見い出し、外堀を埋めることで意思決定を促すことが多い。しかし、新規事業やプロダクト開発を担当した経験から言えば、これらは「副菜」であって「主菜」ではないのだ。それは「添付資料」としておさえるべきポイントであって、ユーザーの課題という最も難しく大事な問いに最大のエネルギーを割かないと、ニーズのないプロダクトをローンチしてしまいかねない。戦略やビジネスモデルは軌道修正できるが、ニーズのないプロダクトは救いようがない。

③ 社員一丸でアイデアの量と質を上げる

新たなアイデアを提案にするには時間が必要だが、忙しい日々の中でその時間を確保するのは容易ではない。一方、あまりに日常業務に埋もれていると、次のホームラン級のアイデアを生むチャンスを逃してしまいかねない。野球のホームランは最大4点だが、ビジネスのホームランは1,000点にもなり得る。

発案に時間を割くため、Amazon Adsでは年次計画前にブレスト大会を大々的に行っている。

ブレスト大会には2種類ある。1つ目は「ミニプレスリリース大会」と称し、上記プレスリリースの簡易版を議論し合い、選抜されたものを役員と共に具体化していく。2つ目はハッカソンであり、3日程で作ったプロトタイプを事業部レベルで共有しながら、面白そうなアイデアを探索する。

両方において特徴的なのは、誰でも参加可能なこと、殆どの社員がいずれかには参加すること、そして特に事業部長や役員はこぞって(討議者として)参加することだ。入賞しても大した景品がもらえるわけではないのだが、かなり盛り上がる。それはやはり、①の行動規範を通じて、そもそも発明したい社員を集め、次のビジネスの芽を生むことこそが評価・昇進に繋がるからなのだろうと思う。

また、これらイベントにおける上層部の関わり方もポイントがある。それぞれの大会では予め、今年の戦略的「テーマ」が共有される。例えば、「リテールメディアとしてのスタンダードを確立する」とか、「エンタメメディアの必須媒体となる」といった重点目標だ。これを予め設定することで、その他のアイデアも許容しつつ、全社として目指す方向性に沿ったアイデアが生まれやすくなる。

アイデアを選別する際は、「5つの顧客の質問」への答えの質を第一に評価しながら、以下の戦略的要素も考慮する。

  • 成功したら、大きな事業規模やリターンが期待できるか?

  • その機会は現在既に(市場や競合により)追求されているか?

  • 我々には差別化されたアプローチがあるか?

  • 我々はその分野で必要な能力があるか?無いならすぐに習得することは可能か?

④ 痛い程やることを絞り込む

ブレスト大会で有望なアイデアが見えてきたら、それらを次年度計画に盛り込んでいく。次年度計画では、目指す姿(=ビジョン)を書き出し、顧客データや口コミ、事業の振り返り等、複数の情報源からの洞察をまとめた上で、現状から目指す姿に向かうためにやることを提案する。この「やること」の中のテーマや施策として、ブレスト大会で検討したアイデアが組み込まれるイメージだ。(詳細は「ビジョンを実現する、事業戦略の書き方」をご参照)。

大事なのは、ここからだ。事業計画のドラフトができたら、各プロジェクトで必要と思われる機能別人員数をドタ勘で積み上げてみよう。野心的な計画を作ると、実現可能な人員数の2~3倍に膨れ上がることが多い。これをそのまま提出するチームは、事業部長に”This is very cute”「可愛い事業計画ね」とからかわれていた。ここで必要なのは、既存人員数で最低限成し遂げないといけないこと、追加で人員をもらえたらやりたいこと、といった松竹梅のパターンを作りだ。大抵の場合、現実を見ると「この施策すらできないなんて、辛すぎる!」と悲しい気持ちになるのだが、それが大事なのだ。施策が何かより、それを絞ったことが重要で、これによって「目標が多すぎて何も達成できない病」から逃れることができる。

「良い戦略、悪い戦略」の筆者リチャード・ルメルトはこう言う。「多くの企業、特に多くの大企業は戦略がない。戦略とは集中であり、殆どの大企業は資源を集中できていない。代わりに、彼らは同時に複数の目標を掲げることで、それぞれにブレークスルーに足りない量の資源を割り当てている。」

⑤ 絞り込んだらランク付けする

重点テーマや施策が決まったら、それらを目標化する。OKR(目標と結果)という手法が一般的だが、何のために、どの指標をXからYにいつまでに動かすといった内容だ。コツとしては、売上や利益より上流の、「このテーマを成し遂げたら実現できるはずの指標」を選ぶと良い。売上や利益は、様々な環境要因に左右される。よりチームの貢献に密接に紐づく指標を選ぶことで、やるべきことに集中し、できたのか否かもハッキリさせられる。例えば、私は「動画インプレッション数をXからYに、年率Z%増やす」というゴールを2年連続で担当していた。

目標を設定したら、大事なステップがある。これらをランク付けするのだ。Amazonでは、「社長レベルで進捗確認するゴール(S-Team Goal)」、「副社長レベルで進捗確認するゴール(SVP Goal)」という形でランクを決め、S-Team及びSVP Goalに申請できるのは事業本部あたり最大5つまでとしていた。ランクが高い程、多数のチームの協力が必要なこと、また、問題が起きたら他の目標を全て放り投げてでもやり遂げる程優先順位が高いことを意味する。このランク付けをすることで、人手が足りない時にどの目標が一番大事なのかをハッキリさせておくことができる。

目標のランク付けが終わったら、それらを週次で進捗確認しよう。野心的な目標である程、予期せぬ問題に直面するものだ。それらをタイムリーに把握して解決策を議論することで、年52週間という限られた時間で成果を最大化することができる。


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