【※前職の記事】感情とテクノロジーの交差点、プロジェクト“Olive” (後編)

興味の対象が物理的なものから人間的なものになったきっかけ
さて、なぜこのようなプロジェクトに関わるきっかけになったかを少しお話しします。実は大学時代は心理学など感情や人間の行動に関係する学問を専攻していたわけではなく、電気電子工学を勉強していました。当時、見目に見えないが存在する”場”の概念にカッコよさを感じて電磁気に熱中していたのですが、医療機器向けのワイヤレス電力伝送を研究している研究室があったためそこを選びました。人工心臓へのワイヤレス給電、タンパク質の熱変性を利用した手術デバイスの誘導加熱装置、高周波電界を利用した癌治療装置など電磁気現象を医療機器に応用する研究に取り組むことになりました。

一番熱を入れた研究は人工心臓へのワイヤレス給電です。機械のポンプを体の中に埋め込むもので、自らの心臓の拍動だけでは全身に血液を送り出せなくなった人に対して適用する医療機器です。15Wほどの消費電力のため体内に入る程度の大きさのバッテリーで駆動することは難しく、当時は(そして、今も)お腹に穴を開けてそこから電源ケーブルを通して外の専用電源に繋ぐという方法をとっていました。この穴は閉じることができないので、簡単に細菌感染が起こることが最大の課題でした。感染以外にも、体からケーブルが飛び出しているというのは、患者さんにとっては気持ちの良いものではないですし、女性なら見た目の面で非常に不利益を被っているものになります。人工心臓それ自体はうまく機能しているのだけれど、患者さんのQOLという観点からは不完全で、それを解決するための研究でした。

修士課程のとき、私の価値観を揺るがし今につながるような出来事がありました。大学病院の心臓血管外科との共同研究で、患者さんと直に接する機会がありました。当時私は24, 5歳で、患者さんは20歳の男性でした。拡張型心筋症で人工心臓を装着しており、ほぼ寝たきりでした。彼は人工心臓とペースメーカーを両方とも使用しており、どうも人工心臓の電磁ノイズがペースメーカーに干渉して、ペースメーカーのテレメトリシステム(動作情報を読み出したり設定を書き込む機能)が正常に動作しなくなっているようでした。別のペースメーカーに変更する手術をしないといけないのですが、どの機種なら同じ問題が起こらないかを決めなければならず、そのためには根本的な干渉原因の同定が必須でした。

患者さんの体の中のデバイスの不具合を見つけないといけないということで、患者さんと対峙した実験を何回も繰り返す必要がありました。電磁ノイズ発生源や分布を調べるために患者さんの体にアンテナをかざす作業を行うのですが、いかにも研究室に置いてあるような無機質なスペクトラムアナライザやオシロスコープなどを病室に持ち込み、複数人の大学院生、教授、看護師など大人数で患者さんを取り囲む形になっていました。学生の中では私が一番先輩だったので実際の実験を任されることが多かったです。患者さんと年齢が近いこともあり、正直どこかやり辛さや申し訳なさを感じていたことを今でも覚えています。そこには、患者さんがいるのだけれど、やっていることは回路をいじる実験と何もかわらないし、理系にありがちなコミュニケーションの下手さで患者さんを不安にさせていたと思います。

もともとは電磁気がやりたくて入った研究室でしたが、面白いからやる、かっこいいからやる、そういったスタンスは生体医工学に関わるものとしてあまりにも無責任なんじゃないかと悩みました。悩んだはよいものの、何をすればよいかわからず、心理学や精神医学の本を手に取り、患者のQOLをあげるにどうすれば良いか、どういう医療機器のあり方を目指すべきなのか、など、闇雲に考えたりもしました。結局そこで答えは出なかったのですが、ものを考えるときの対象範囲が、物理的なものから人間や社会に拡張された瞬間だったと思います。


大学院を退学、そしてAZAPAへ
博士課程2年時に、IEEE TOWERSという若手学術団体に所属していました。いくつかの企業にスポンサーになってもらっていて、そのうちの一つがAZAPAでした。飲み会で執行役員の方と話す機会があり、「自由に働いて良いからAZAPAに来ない?」という話になりました。当時、研究方針に疑問を持っていたこともあり、それなら移ろうかなと、2ヶ月程で退学の手続きを取りました。AZAPA入社後は社長直轄のプロジェクトをいくつか経験したあと、現在の感情をコアとした仕事に携わることになりました。

学生時代から、思い悩んでいた人間の感情に正面から挑めることに対して嬉しいと思うと同時に、感情というあまりにも深淵なテーマに不安を感じることもありました。最初は上司と二人で発足した小さな部署で、手探りで始めることになりました。当初はかなり危なげでしたが、良いクライアントにも恵まれ、少しずつ見通しが立つようになっていきました。少しずつ成果が出たことで、優秀なメンバーを何人か迎えることもできました。そういった流れで、より多様なプロジェクトを扱い、一つの大きな世界観を描き出そうということになりました。

昨年末あたりから、このプロジェクトチームはOliveと名乗り始めました。AZAPAがオリーブの一品種なので、「このOliveプロジェクトで会社本体を取り込んでやろう」くらいの反骨精神で取り組んでいます。


おわりに
繰り返しになりますが、私たちは日常に潜む感情・感性を見えるようにしたり、わかったことを応用することで、より良い世界を目指しています。技術的な面だけでなく、社会、文化、そして倫理的な部分の議論をこれから深めていく必要があります。もちろん私たちだけで、これを完成できるとは考えていませんし、現実的にも無理だと思います。なので、一緒にお仕事をする機会があった方には、未来を作るお手伝いをしていただけたらいいなと思っています。

今後は、具体的な取り組み、感情にまつわる話、注目している書籍のレビューなど僕たちの思想を感じてもらえる記事を投稿していこうと思います。

この記事が参加している募集

自己紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?