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よもぎのたからもの

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ぼくをかたちづくる、スキあふれちゃうnoteをあつめました。人の宝箱はかんたんに見ちゃいけません。
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#小説

ねがいごと

今年の夏は暑く、体調管理にかなり苦労した。 お盆休み中一度、ひどい下痢にみまわれた。 下半身まひの障がいを負っているので、排泄の感覚がわからない。ただ腹をさわるとほんの少しうごめくような兆候がある。それをたよりに、何度もトイレに行った。 だが最後、間に合わなかった。便が漏れ、私のからだだけでなく、服や便器までも汚してしまった。 ひとりではとても手がまわらなかった。やむを得ずパートナーに手伝ってもらった。暑さと臭いのなか、ふたりで私のからだや便器を拭いた。最後には私の手

収まるべきところへ

20190729 わたしが京都に住む男の子だったら、「今日の夜、鴨川沿いをさんぽしようよ」なんてちょうどいい理由をつけて、会いにいくのにな。 5月の下書きに残っていた。 ◯ 最近、すっかり生活と仕事に呑まれてしまった日々だけれど、無性に、京都へ行きたくてうずうずしている。仕事に集中できなくなってしまった午後なんかは特に。5月の誕生日にあわせた10日間、京都で満たされたはずだったが、それはただのつもりで、蓄えておけるような感覚でも無いと知る。 いつもだったら、夜行バス

【掌編小説】わたり鳥

(一) そのわたり鳥は、季節ごとに北の大陸と、南の島をわたっていた。 何年も、何年も、わたっていた。 *** わたり鳥にとって、空をわたることはなにぶん嫌なものでもなかった。 ひろい空を、気流に乗って、翼を広げて前に進む。 それはわたり鳥にとって"作業"だった。 それは本能的なもので、義務的でもあって、当然しなければならないことだと理解していた。 いわば諦められていたのだ。 諦められていたから、寒さや退屈や空腹など、空をわたることへの苦労なども気にならなかった。 そのわ

【1000字小説】ヨーグルト

カーテンがひかれたくらいリビングに、朝が来たことをいつでも光る液晶画面で知った少年が、やってきました。 もう、学校には間に合いません。 少年はそのことを、いつものように、なにも気にしませんでした。そしてだれにも咎められている気も、しませんでした。たったひとりの母親はもう仕事に出ていて、教師のことは、ばかだと思っていました。 少年はひとつあくびをしました。 少年の朝のあくびは音と気体の規則どおりに拡散したままに、リビングのしろい壁にぼんやりと当たって、もう返ってはきませ

【1000字小説】「わたし、流行らない彼氏を一台持ってるの。」

「わたし、流行らない彼氏を一台持ってるの。」 その子がまるで、家電のように彼氏のことを言うから、ぼくはおどろいてしまった。 「そんな、そんなこと……、どういうところが、流行らないの?」 「それはね。」 その子は、うすく笑った。 「いちばんはね、考えてることがね、古いの。オトコははたらいて、オンナは家庭で子どもを育てるって、本気で思っているの。しかもそれが、わたしを安心させるための嘘じゃないのよ。」 こりゃ、だめだなあ。 あっさりぼくは白旗をあげる。 彼氏とやらがいるらしいこ