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手根骨の構造理解、そして上肢帯も少し。

『ウマは走る ヒトはコケる』中公新書。
『ゾウの時間、ネズミの時間』で知られる本川達雄の最新刊。これはかなり面白い。この内容が新書で読めるのはお得にもほどがあるだろうというレベル。例えば魚の筋肉の構造、とくに血合筋の力学構造などは、ほかに載ってる本があるだろうか?という希少で興味深い記述。これだけでもこの一冊を買う価値がある。動物全般にわたる運動構造を理解したいヒトは必読の本である。著者は私の敬愛する動物生理学者クヌート・シュミット=ニールセンの流れをくんだ方であるが、この本はまさにその系譜と思わせられた。まあ、いち手技療法家の私が言うのもなんですが……

さてここまでは前置き。この本に手根骨のいい模式図があったので紹介したい。p.7にあるこの図は手根骨の力学的役割を明快に表している。ここまで明快なものは見たことがない。著者がつくったもののようだが、これは初出だろうか?この図が活用されていないのは、運動科学上の損失といえる。まあ、手技療法家の私が言うのもなんですが……

本川達雄『ウマは走る ヒトはコケる』中公新書より

ご存知のように、手根骨は小石のような8個の骨だ。手首の手の側にあり、前腕の力を受け止めている。小さな骨なので、その力学的働きはひと目では分からない。分からないので分からないままにしている人が多いと思う。分かりやすい長管骨(橈骨など)を覚えるのだってそれなりの労力なので、手根骨は名前だけなんとか覚えて力学は後回しにしたまま永遠に順番が訪れないのもやむを得ない。

手根骨の力学的理解は、まずこれが

近位(3個)⇒遠位(4個)

放射状に配置されていることに気づくことからだ。中心から末端に向かう力は、骨の中を通りながら指先に向かう。その過程は少しずつ末広がりになりながら五本の指にたどり着く。考えてみれば当然なのだが、その理解にいたるための模式図がこれまでなかった。

ところで手根骨は8個じゃないのか?というご意見があると思う。豆状骨は種子骨として働いているので、骨伝達の並びにはない。だから骨伝達の理解を深めるためには豆状骨は描く必要はない。いやむしろ描かないほうがよいとなる。

ここまで書いてきてなんだが、実はこの図には間違いがある。多分間違えたのだと思う。手根骨が5個余分に描かれているのだ。中手骨の近位に余計な5個がある。本川氏が誰かに頼んでパソコンで描いてもらったからだろうか?

もう少し細かい図をWikiPediaから借りた。どちらも右手、左が甲側、右が手掌側だ。Dは豆状骨。

豆状骨 - Wikipedia より

 ▼豆状骨 - Wikipedia

こうして具体的な図を見ると、そんなにきれいに、近位(3個)⇒遠位(4個)、じゃないように見える。しかしそこにこだわってはならない。まずはきれいな放射状の認識を育てて、その後に細かい理解をしていけばいい。

余談だが手首の捻挫や骨折で予後が悪い人には、手根骨を少し締めている。小石のような骨をひとつひとつ並べようと思うと手の操作では不可能に近いが、締めると勝手に納まっていく。締め方はちょっと難しいのだが上手く締めると可動性が戻る。ただし5年くらい経つとすぐには治らない。また10年くらい経つとちょっと難しいが、本人が気長に取り組めば少しずつは治っていく。

話を戻す。手根骨の放射状のことはシュタイナーも指摘している。この上肢帯も含めた認識は面白い。ただし肩甲骨は考慮されていない。

腕の数学的構造とは何でしょうか。一本の上腕骨、二本の前腕骨、(手首の)手根骨。ところが、この手根骨は後から見ると、明らかに列をなした三本の手根骨と列をなした四本の手根骨を示します。そして列をなした五本の中手骨があり、次いで目に見えて外に放射する五本の指骨があります。この放射は、1−2−3−4−5の連続にはっきりと表出された前進的放散として見ることができます。

L.F.C.メース『シュタイナー医学言論』平凡社 2000 p.199

この本では前進的放散として遠位に放射していくことのみが語られているが、私は求心性にも同様の認識が必要だと思っている。求心性に表現した場合、一本の上腕骨⇒肩甲骨という求心性放散が見られる。これは骨としては1−1というだけで数学的妙味を表さないが、肩甲骨内縁の広がりを見れば、そこには求心性の放散が見て取れる。

四つ足の哺乳類においては肩甲骨内縁の広がりは狭いものだが、サルにでは広くなる。これは手の広がりと連動する形態的特徴であり、その運動性を理解するためには重要な視座と思っている。

この視座に立ったときに見えてくるのは、手から伝わる情報が一旦上腕骨において統合され、肩甲骨において再び放散され体幹に伝達されるという力学的構造だ。逆に体幹からの伝達も肩甲骨内縁の広い範囲で受け止め、上腕骨に収束し、再び放散することが理解できる。


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