水素原子中の電子は円運動じゃなくて楕円運動か往復運動(大学時代の自分への講義その1)

大学時代に疑問に思ってたことで、今から振り返れば答えられることがいくつかあるので、昔の自分自身への講義として書くことにしました。

高校時代に、水素のエネルギー準位がとびとびになる説明として、以下のように教わりました。

電子は、粒子であると同時に波である。
そのため、電子が原子核のまわりを円運動するときの円周 2πr が、電子の ド・ブロイ波長λ=h/p (p は運動量、h はプランク定数)の整数倍になる状態しか許されない。
2πr = n h/p (n は正の整数)
この関係と、円運動でクーロン力と遠心力がつり合う式を使うと、水素原子のエネルギー準位の式が出てきます。

高校レベルではこの説明で充分ですし、すごくわかりやすい思います。ただこれは、量子力学がまだ未熟だったころのボーアの原子理論で、多少不正確な面があります。

そのせいで、大学で量子力学を教わったときに混乱したんです。上記の説明をもう少し高級な言い方で言い換えると、「円運動の角運動量が h/2π(エイチ・バー)の整数(n)倍になる」ということになります。それなのに大学で習う量子力学では、n は角運動量ではなく主量子数というもので、それとは別に角運動量量子数 l というのがある??? じゃあ、n は何だ?当時は疑問に思っていました。

ここで重要な点は、逆二乗の法則に従う力による運動は一般的には楕円運動になるという点です。歴史的には、ボーアの原子理論の後に、ボーア・ゾンマーフェルトの量子条件という形で訂正されたようですが、僕なりにかみくだいて説明すると次のようになります。

まず準備です。
ある古典的な円運動を思い浮かべて下さい。円運動の、ある時刻での粒子の速度を、大きさはそのままに、方向だけ変えましょう。そうすると、その円運動と同じエネルギーを持つ楕円運動のスナップショットになります(ポテンシャルエネルギー、運動エネルギーともに同じですから)。そして、速度の向きと円周方向がなす角度が大きくなるほど、角運動量は小さくなります(角運動量は円周方向の運動量成分に比例する)。ここで一つ例外的なのは、速度の向きを、円周方向と直角になるまで傾けたときです。この場合、楕円ではなく直線上を振動する運動になります。このとき、元の円運動の中心に達したときに、ポテンシャルエネルギーがマイナス無限大なので、運動量が無限大になります。普通は中心でぶつかっちゃうんで、そんな変な直線運動は古典系で取り扱いませんが。

準備が長くなりましたが、主量子数 n が同じで角運動量量子数 l が違う、例えば 3s, 3p, 3d の違いは、上記で説明したような楕円軌道の形の違いです。角運動量が大きくなるほど、即ち n-l が小さくなるほど、円軌道に近づく。そして、n は角運動量の古典的な上限を与えるのですが、ここで注意しなければならないことは、n>l が常に成り立つ、つまり、量子論的には完全な円運動にはならないということです。

これは、動径方向の運動に関する不確定性原理によると言えるでしょう。「円運動では半径が完全に確定してしまう」→「動径方向の運動量が完全に不確定になる」→「運動エネルギー無限大の状態を含み、束縛状態になれない」。量子力学的にちゃんと解くと、動径方向の波動関数には広がりがあります。

古典的な場合の直線往復運動に対応するのがs軌道です。s軌道の波動関数をデカルト座標(普通のx,y,z)で表して、ある直線上でプロットすると、原点のところでカスプを持つ、つまり、微分が不連続になります。これは、波動関数の2回微分である運動エネルギーが原点で無限大になることの現れです。(このようなカスプは、δ関数の引力ポテンシャルなど、ポテンシャルエネルギーがマイナス無限大になり、運動エネルギーがプラス無限大になるところでしか現れません。それ以外では微分が連続になります。)

そのように、s軌道は運動エネルギーが無限大の状態を含ので、非相対論的な解と相対的的な解の差が比較的大きく、原子番号の大きな元素でその効果が顕著に現れます。

s軌道の場合は、角運動量のx,y,z成分のすべてがゼロに確定してしまうので、それと共役な座標である、x,y,z軸まわりの角度すべてが完全不確定になります。そのため、波動関数は球対称になります。

つづく

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