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マルティン・ソリアーノ『太陽黒点』

 
 最愛の人を失うことは誰しもが経験する。マルティン・ソリアーノもその一人だった。
〈どのようにして、心の痛みを乗り越えるのか?〉
 この問いについては、いささか味気ない回答がある。
〈時が経つのを待て〉
 これは薄情者の考えではないが、言葉足らずではある。人は心の痛み、喪失を癒すために夢想にふける。
〈もし、あの時にあのように振舞っておけば、このような結果にはならなかった〉
 自らか、他人の選択が誤ったことで現実を引き寄せたと考える。本来あるべき、美しい姿の世界に思いを巡らせるために。あるいは、もう二度と同じ轍を踏まないと誓い、教訓として後世に残そうとする。誤りだ。どれだけ夢想したところで、ありえたかも知れない世界を引き寄せて今の世界と交換することはできない。たとえ、稀代のイカサマ師であったとしても。世界は受け入れることのみを許容する。反論や抗議といったものに耳を貸すことをしない。私たちは混乱と忘却によって漂白され、前も後ろも、右か左かもわからないまま流される。
『太陽黒点』はソリアーノが言葉に触れながら、再び生を見出し、自身を取り戻そうという実験小説である。詩が昇華された言葉であるとするならば『太陽黒点』は言葉になるより以前のブヨブヨした軟体動物である。風変りなタイポグラフ、落丁かと思うような真っ黒に塗られたページ、登場人物たちは言い終える前に消え、新たにあらわれては次の言葉を紡ごうとする。
太陽黒点は太陽の磁場によって引き起こされる現象だ。黒点が暗く見えるのは周囲に比べて光球表面温度が低いことから引き起こされる。冒頭でソリアーノはこの散文詩のような書物を三〇日かけて読んで欲しいと添えている。この書物は彼の三〇日間の記録であるので、読者は彼の思考の推移を追体験することができる。読み終えた読者はソリアーノが己を取り戻し、再び生を、生の意味を見出したと感じるだろうか? 忘れてはならない。太陽黒点は太陽の自転と同じように東から西へと移動することを。そして、これが九年半、あるいは一二年の周期で増減を繰り返すことを。

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