耳鼻咽喉科専門医が教える鼓膜再生治療薬:リティンパによる鼓膜穿孔治療

リティンパという薬品をご存じでしょうか?ゼラチンスポンジと皮膚潰瘍治療薬でもあるトラフェルミン(Human basic Fibroblast Growth Factor: bFGF製剤)から構成され、器質的疾患のない慢性化膿性中耳炎の治療で使用されます。再生医療には「細胞」「足場」「増殖因子」の三要素がありますが、増殖因子としてbFGF製剤を採用した点で独自性のある薬品で、鼓膜の再生医療ともいえるでしょう。今回は、仮症例を通じてリティンパについて紹介します。

鼓膜穿孔治療薬であるリティンパにはトラフェルミン粉末、溶解液とゼラチンスポンジが含まれる

仮症例を提示

54歳男性、十年来の左難聴を主訴に受診。幼少時より中耳炎を繰り返していた。左鼓膜下方に中等度の穿孔を確認し、診察時耳漏は認めなかったが、たまに耳漏によって耳のかゆみを自覚することがある。標準純音聴力検査では気骨導差を伴い、4分法で平均40dBの気導聴力閾値であり、軽度伝音性難聴と判断した。側頭骨CTの結果、外耳・中耳に器質的疾患を認めず、慢性化膿性中耳炎の診断で治療の方針となる。治療法として外来通院でリティンパを用いた鼓膜穿孔閉鎖を施行する方針となった。

外来での本薬剤を用いた局所麻酔下鼓膜穿孔閉鎖術から2ヶ月経過、鼓膜穿孔は閉鎖し、聴力は右と同程度まで改善した。自覚的にも聞こえが良くなり、耳漏による耳のかゆみも感じなくなり調子が良いということである。
 

慢性化膿性中耳炎は加齢性難聴進行のリスクあり

鼓膜穿孔とは、その名の通り鼓膜に穴が空いた状態のことを指します。慢性化膿性中耳炎とは、穿孔が慢性化し閉じなくなった状態のことです。穿孔が生じる原因として外傷性鼓膜穿孔や、急性中耳炎の自然排膿によるもの、鼓膜切開や鼓膜チューブ留置後など医原性によるものが挙げられます。3ヶ月以上続く鼓膜穿孔は閉じづらく、外科的治療が必要であったとする報告もあります1)。

慢性化膿性中耳炎では伝音難聴や、中耳粘膜の分泌液が外耳に漏出することで耳のかゆみを自覚することが多いです。分泌液によって炎症を起こし細菌感染を生じると膿性耳漏を生じ、長期の外来通院加療が必要になることがあります。加えて慢性化膿性中耳炎耳では健康な耳に比べ加齢性難聴の進行を早めやすいという報告もあり2)、慢性化膿性中耳炎は積極的な加療が望ましいです。

リティンパの最大の利点は皮膚切開が不要な点

聴力検査や画像検査などで、耳小骨連鎖再建の必要がないと判断された場合、鼓膜の再生を目指す外科的治療が適応になります。代表的な方法としては自家組織を用いた鼓膜形成術、側頭骨筋膜を用いた鼓室形成術I型があり、ここにリティンパを用いた鼓膜閉鎖術もその候補のひとつです。

いずれも鼓膜穿孔縁をあえて傷つけることで自前の「細胞」を用いて再生を促す治療法です。現在日本で主としておこなわれる鼓膜形成術では、耳後部の皮下結合組織をunderlay(鼓膜の粘膜層側)に「足場」として留置し、自前の血液由来の「増殖因子」とします。リティンパではゼラチンスポンジを「足場」、bFGF製剤を「増殖因子」として用いるため自家組織の採取が不要です。メリットは、患者さんの負担が少ない点があげられます。

鼓膜形成術の経験があれば施術は問題なし

リティンパは、鼓膜形成術に習熟した医師であれば問題なく施行できます。鼓膜の局所浸潤麻酔液であるツェンテール液もしくは局所注射による外耳道麻酔をおこない、曲がり針等を用いて鼓膜穿孔縁を新鮮化します。この際、鼓膜内側の粘膜を傷つけないように注意しましょう。トラフェルミンを浸透させたゼラチンスポンジを鼓膜穿孔と同等の大きさに切り、穿孔縁に当たるように留置、小さく刻んだゼラチンスポンジでスペースを充填します。最後にフィブリン糊を滴下し、外耳道を充填させるように完全に鼓膜を被覆して手術終了です。こうすることで適度な湿潤環境を保ち、上皮の伸長を促進します。

フィブリン糊は1週間程度で脱落しますが、ゼラチンスポンジは血液混じりのウェットな状態で維持されることが普通です。2〜3週間で徐々に乾燥し、およそ1ヶ月後には「閉じそうかどうか」がわかるくらいになります。リティンパは4週間に1度、合計4回まで繰り返すことが可能です。私は1ヶ月後の時点で穿孔遺残が見込まれた場合、再度本薬剤による穿孔閉鎖術を検討することにしています。
 

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比較的操作が簡易であるが故の注意点

皮膚切開を要せず外来で施行可能な本方式ですが、限界もあります。ゼラチンスポンジ内をどのように細胞が治癒していくかは不明である点です。現在のところ報告はありませんが、潜在的には皮膚組織の中耳粘膜内迷入による医原性真珠腫を生じうる可能性があります。従来の鼓膜形成術では、鼓膜内側からあてがった皮下結合組織の表面に沿って鼓膜皮膚層の伸長を促すため、内腔に迷入する可能性は非常に低いと考えます。リティンパでは特に鼓膜内側を傷つけてしまった場合、どのように治癒していくかが「運頼み」になる印象はぬぐえません。私は大穿孔や初回の手術では鼓膜形成術を施行し、閉じきらなかった場合にこの本薬剤による治療を選択するようにしています。

次の一手としてのリティンパ

鼓膜再生治療薬であるリティンパについて解説しました。従来の治療法を塗り替えるほどの技術ではありませんが、外来で完結する治療法であり習得するだけの価値はあると思います。鼓膜再生までもう一歩という症例では、本治療薬を検討してみてはいかがでしょうか。
 
1. 山崎 一春、石島 健、佐藤 宏昭. 外傷性鼓膜穿孔に関する臨床的検討.日本耳鼻咽喉科學 會會報 2010;113:679-86.
2. 大竹 祐輔, 青柳 優, 布施 健生, 阿部 靖弘, 野田 大介. 慢性中耳炎症例における聴力検査成績と年齢の関係. Audiology Japan 2001; 44; 571-577.
 


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