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[読書ログ]「君色パレット ちょっと気になるあの人」

著: 魚住直子 ひこ・田中 吉田 桃子 戸森 しるこ
絵: 佳奈
出版社: 岩崎書店

※本noteページは、ネタバレ含みます。
感想は個人の感想であり、引用・ネタバレありますので気にならない方だけお進みください。


全体のあらすじ

多様性をテーマにした、今をときめく作家たちの4つのアンソロジー。
クラスの気になる同級生、いつもと何か違う家族、ノートに返事を書いてくれる誰か、おしゃれなあの子。多様性をテーマに『ちょっと気になる人』を描く。

全体の感想

Twitterで本の存在を知って読み始めた。
シリーズにある「いつも側にいるあの人」も読み、読書ログを書いたが、テーマが難しいので、個人的には違和感が多かった。また時期をおいて読むと違うのだと思うので、そちらについては今は非公開にしておく。
 

(以降ネタバレあり)

「日傘のきみ」戸森しるこ

中学二年生の片寄という主人公と、タピ岡(谷岡)と呼ぶ友人。
ある日、片寄が朝、海岸沿いで犬の散歩をしていたところ、日傘をさしたタピ岡を見つける。日傘の名前は「キョウコさん」と言い、タピ岡は海辺をキョウコさんとデートしていた。片寄とタピ岡とキョウコさんにまつわるお話。対物性愛者がテーマにある。

シリーズ上、いちばんおもしろくて、好きだった。
アンソロジーで描くには難しいテーマを丁寧に完璧に扱っている。
戸森さんの作品は他にもいくつか読んでいるが、この作品は描き方と多様性への向き合い方、転調と結末の意外さがとてもよかった。

この本を読む前から、Twitter経由で対物性愛者の方のSNSやブログを読んでいたので、さして驚きもなくすんなり読めた。
 
対物性愛者に限らないが、わたしが読んでいるブログの方は、ふつうの日常生活を送るため、パートナーのことやマイノリティである自分を色眼鏡で見られることを防ぐために、様々な気配りや配慮をされている。
自分に素直になることにここまで我慢したり、気を使って行かなければならない現状を改めて感じたけれど、同時に対物性愛者というのは、世間一般的にはあまり知られていないものなのだなと感じた。

かなり難しい題材に挑んで、それを作者なりに向き合った結論がそのまま作品に現れている感じがして、とてもよかった。
それに、読み手としても明らかな結論や登場人物の先導するような強い主張を提示されなかったことで、それぞれの解釈や考え方を容認してもらえている感じもした。

中2の多感な時期にタピ岡はどうしてカミングアウトするに至ったのか、それは主人公目線ではわからない、と書かれている。

創作としては、タピ岡のことはわからない、としておいたほうが自然だし、カミングアウトの経緯や理由みたいなものを書こうとするとボリュームも大きくなるから、あえてわからないことにしたほうがいいだろうとの作者の判断で分からなくしているのかな、と感じた。
読者としては、気になるけれど、今回の主題ではないから、削ってもいいのだろう。

また、砂浜の上にいるキョウコさんの木製の手元に文字が彫られているシーンがある。これはどうなんだろうなあと、個人的には少し違和感があった。
これがないと話が進まないのだけど、パートナーだった相手を傷つけてまで文字を掘るのかなあと。
手紙をくくりつけるようなかたちに出来なかったのかなあと。

でも、これもわたしの意見なので、わたしはタピ岡ではないし、理解できないことを相手がする、という意味では、おかしなことでも、破綻でもなんでもないのだけれども。
この辺は、他の人の感想や、作者の意見も聞いてみたいなあと思った。

主人公の心の動きが、後半につれて変化していく。
それが描写や、主人公の語りから分かるようになっていて、ラストでの盛り上がりに直結するようになっている。
ラスト1ページがこの多様性のテーマのアンサーになっているような描き方で、とってもすばらしかった。

ちなみにこのアンソロジーは1編ずつ、物語が終わった次のページに一文書かれている。
この話の場合は、
「君の気になるあの人は、なにを思っているのだろう。」

わたしがタピ岡のカミングアウトの理由や、キョウコさんへの行動を不思議がるように、「なにを思っているのか」わからない。
それでいいんだ、それを理解しようとしていくことが多様性なんだと言われているような気持になった。


「親がいる」ひこ・田中

ひこ・田中さんのお名前はあちこちで拝見するが、お話は初めて読んだ。
両親がコロナでテレワークになり、いつもと違う会社の顔の親を見る、という主人公の話。

ダイニングテーブルでやるか、客間でやるかでじゃんけんしたり、オンライン会議のために背景をどうするか悩んだり。このあたりは、大人も子どもも共感ポイントではないだろうか。
かく言うわたしも、今はダイニングテーブルでZoomを繋いだり、書いたりしている。

ひこ・田中さんの面白い点は、ユーモアある一文だと思う。
たとえば、オンライン会議する母親の姿をみた主人公の描写がある。

やっぱり宿題をする気にはなれずに、ミネラルウォーターを飲みながら、さっき見聞きした母親の表情や声や話し方、父親の話し方を思い出していた。
今まで知らなかった両親を。
もちろん、それが仕事中の姿なのだって言うのはわかる。わたしに向ける表情や声と違っても不思議はないって言うのもわかる。わかるけど、わかるのと知るのとは別のことだ。
(中略)
あれは、テレワークのおかげで見られた表情や声なのだ。だとしたら、それはもう、本当にたまたまなことで、普通なら絶対に知ることはできないのだ。
うん、ドキドキしてきた。
クールダウンするためにわたしは、宿題を少しした。宿題も時には役に立つ。

本文より引用

「わかるのと知るのとは別のことだ」
「宿題も時には役に立つ」
こういうさりげない言葉を効果的に入れ込んでいて、それが味になっている。

また、こういう内容でどうやってラストをしめるのかなあと思っていたが、別の親の顔をみた主人公の感想で綺麗にまとめられている。
読後感もいいし、今しか書けない物語だった。

この一文は、
「あの人のいつもと違う顔、君は見たことがある?」


「恋になった日」吉田桃子

吉田桃子さんもよく名前を見る作家さんだが、単行本は読んだことがなかった。恋愛系のお話の名手だとは知っていたので、ワクワクして読んだ。

スミレ色にライトアップされたテレビ塔の話をしたい主人公の星那。
しかしだれもテレビ塔はしないし、友達に話したかったのにふいに話題をひっこめてしまう。
ある日、家庭科室掃除中に教卓の中に一冊のノートを発見する。
家庭科室で起きたことや学校のことなどの感想を書き連ねられたノートを観て、この中の人と友達になりたい、と思う主人公はノートに書き込みをする。そうして、他にもノートに書き込んでいる人がいることを知る。

SNSが流行るこの時代に、インスタントカメラが流行ったり、エモい文化が再ブームするように、ノートもまたエモいものなのだろう。
家庭科室に生徒が自由に感想を書くようなノートなんかあったっけ?と思ったが、それはわたしの記憶が失われているか、地域によっても違うのかもしれない。

この話は、起承転結の転のところから急激に「恋」の盛り上がりをみせ、ドキドキワクワクするような展開になっていく。
そうして、ラストの二文が痺れる。

やっぱり、好き。
その瞬間、秘密のチョコが入っているカバンが、急にずしんと重く感じた。

本文より引用

いいな、この感じ。この甘酸っぱい感じ。
今まではアイドルが好きだったし、それに偽りはないけれど、またこの好きな気持ちも事実。どの好きも全部自分の好きであり、真実。
ただ、アイドルにあげようとしていた時は重くもなんともなかったチョコが、恋を意識した途端に渡すことをためらうような重さに変わる。

いいね。

そして、佳奈さんのイラストが入っているのだが、島本くんの笑顔がとってもキュートで惚れそうになる。

いいね。

前半は主人公が抱えているモヤモヤの気持ちと現在地の説明。
後半はノートから繰り広げられる心の解放感と恋の描写。

前半が若干説明的な感じもするけれど、前半のみんなと同じものが見えてないような気がする、というモヤモヤ感の共通点があったからこそ、後半の盛り上がりを加速させている。

最後の一文は、
「どんな「好き」も、全部君の気持ち。」


「Hello Blue!」魚住直子

魚住直子さんは「くまのあたりまえ」を読んで知っていた。
今回の話は、難関だった。
読みやすい話なのに、なかなか読みとけず、何度か読み直した。

物語の大筋の主人公は保健室登校のスカートを履いているおしゃれな男の子。男の子は洋品店で、祖母の手伝いをしている。

第一章では、目が見えない中学生の花は、バスから降りたところで雨に降られ、男の子に連れられて、洋品店で雨宿りする。話の流れで男の子からべレエ帽を貰う。

第二章。中学生の大和は、友達と来ていたボーリングに着てきた服がダサいように感じて近くのトイレで脱ごうとするが、脱げなくなる。
たまたまトイレにきた男の子が脱ぐのを手伝ってくれ、その流れで「よかったら、これをはかない?」とバッグから靴下を取り出し、靴下を貰う。

第三章。莉紗は友達にダサいと言われてカッとなり、公園のゴミ箱にジャンパースカートを捨てる。捨てたことを後悔して探していると、洋品店のディスプレイに同じジャンパースカートが展示されているのを見つける。
ゴミ箱に捨てられていたのを拾ったということで、莉紗は大切に持ち帰る。

第四章で洋品店で事件が起きて……というお話。

ちょっと読み方が難しくて、うまく意図とストーリーの面白さを受け取れてない自分がいる。お話の組み立て方や、章立ての流れはとてもよかった。
清々しいし、服の話や、描写はとっても素敵で読み手も買いたくなる。
 
気になったのは、以下。
わたしの読み込み不足がかなりあると思う。

洋品店の男の子はスカートを履いている。スカートを履いている、ということばかりが強調されるが、それがストーリー上に活かされているように読み取れなかったので、消化不良の感じがする。

各章で男の子と出会うのだが、中学生が使う話し方ではないような会話があったり、出会った後すぐに仲良く話をする関係性がよく理解できなかった。

また、洋品店は店をやめることが決まっていて、売れ残ったものはじきに業者が引き取りにくるが、在庫はほとんど捨てられるという理由で、男の子は出会った人たちに服をあげている。
だが、男の子が服をどんどんあげる行為も、バッグに新品の靴下を入れていて、トイレで出会った男の子に靴下をプレゼントするなど、結構展開が突飛に感じられた。

おしゃれな男の子の神秘さや、優しさと、洋服にまつわる出会いという設定はとても良かったし、青系の服を着ている男の子との出会いで無意識のなかで多様性を感じ、受け入れていくという流れも爽快で良かった。
その流れのなかで、このタイトル。
タイトルセンスが素敵だし、お話とマッチしている。

他の方のレビューを読んで、この話がいちばんおもしろかった、好きだったという方が多かっただけに、自分がこの話を100%きちんと受け取れなかったのがとても残念。
また時期をおいて読んでみたいと思った。

最後の一文は、
「自分を生きているのは自分だから」


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