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情況についての発言(8)――会長交代から受信料大幅値下げまでのNHKについての雑感

 NHKの過去最大の受信料値下げ(10月)が目前に迫っている。これは視聴者にとって大変喜ばしいことであるが、私は依然もやもやとしたままでいる。なぜかと言えば、今回の受信料の大幅な値下げが実現したとしても、それによってコンテンツの質と量が改善どころか維持できるとはとても思えないからである。
 前回の「情況についての発言」において、NHKの会長が前田晃伸氏から稲葉延雄氏へと交代したことについて言及した。前田氏と同様に経済界からの登用である。これは6代にわたって続いている。
 前田氏による「強引な改革」の結果が職員有志一同の告発(「〈紅白打ち切りも〉 前田会長よ、NHKを壊すな」、『文藝春秋』2022年6月特別号)によって明るみになり批判されたことは記憶に新しい。NHK経営委員会委員長の森下俊三氏は、放送業界が大きく変わらないといけない時期に大改革をやったことで前田氏に敬意を表する一方、大改革による副作用も認めている。そのような経緯もあり、新会長に就任した稲葉氏は自らの役割を「改革の検証と発展」とした。ただ、その内容は前田氏の路線の否定ではなく修正であり、あくまで経営改革が前提である。稲葉氏は経営改革の本丸について次のように言っている。 

 そして第二に、収支の均衡が表面的に実現したとしても、それによってコンテンツの質や量が落ち込むことがあっては本末転倒です。デジタル技術を活用して質・量ともに豊富に提供していく。これはやり残した部分であり、経営改革の第二弾、本丸として探っていきたいと思います。

 デジタルテクノロジーのさらなる活用としては、例えばメタバース技術の活用による新しい画像表現の探求やデジタルアーカイブの事業展開、あるいは番組の制作から発信までの生産プロセス、職人芸的なものを否定するわけではありませんが、そうした生産プロセスをデジタル的に抜本改革することなどで、これまで以上に高品質なコンテンツを効率的なコストで生み出していけるよう、NHKを前進させていきたいと思います。

(「稲葉延雄会長 就任記者会見 会見要旨」2023年1月25日)

 これらを読んだ時に私は、稲葉氏の目指す経営改革の本丸は無理があるように思えた。稲葉氏が修正を施したところで、前田氏の下ですでに多くの貴重な人材がリストラされ、強引なコストカットがなされてしまっている。そして、受信料の大幅な値下げが目前に迫っており、メタバース技術の活用や生産プロセスのデジタル的な抜本改革等々もよいが、私は何よりも放送される番組内での情報の正確性が気になって仕方がない。
 NHKではここ近年、番組内での情報の誤りが相次いでいる。BPOの放送倫理検証委員会で審議入りとなったBS1スペシャル「河瀨直美が見つめた東京五輪」のBPO側の意見書では、過去数年でNHKの番組の審議入りが相次いでいることを踏まえた上で、「構造的な要因が潜んでいないか」、「繰り返し同じような問題が起こるのはどこかに無理があるからではないか」といった指摘がなされた。意見書を読む限り、私も構造的な要因があるように思えた。BS1スペシャルの件は前田氏が会長の下で起こったことである。もちろん、それ以前の番組については別であるが、前田氏が会長の下で大改革がなされ、受信料の大幅な値下げも決定された。受信料が大幅に値下げとなれば、当然、番組の制作に当てられる予算や人員に大きな影響が出る。予算や人員が限られれば、コンテンツの質と量は自ずと低下し、情報のチェックミスも増えることとなる。ただでさえ番組内での情報の誤りが多いNHKで受信料の大幅な値下げがなされるとなると、今まで以上に番組内での情報の誤りの増加が予想される。
 稲葉氏が会長に就任してから、改革の検証は、4月と5月の定例記者会見の要旨を読む限り順調のように思われる。あくまで稲葉氏の自己申告ではあるが。
 しかし、稲葉氏の会長就任から4か月後の5月29日に新聞社各社が「NHKが実施できない番組配信に予算9億円」といった見出しのスクープ記事を一斉に発信した。どのような内容かと言えば、「NHKプラス」で提供している放送番組の同時・見逃し配信業務は地上波に限られ、衛星放送は認められておらず、衛星放送の番組のネット配信を行う場合には、総務省の認可等々を必要とする実施基準の変更が必要となるのであるが、昨年7月に前田氏が会長の下で衛星放送の番組を「NHKプラス」で配信することを検討するチームが発足し、先の実施基準を変更しないまま、2024年4月に衛星放送の番組のネット配信を行うという前提で、2023年度予算案に技術的な準備をするための対応整備費として約9億円を計上し、予算案はNHK経営委員会の議決を経て、今年3月末に国会で賛成多数で承認されたというものである。その上、支出の決定は、理事会ではなく、前田氏や理事などで稟議書を回して、それぞれ承認する形で行われたという。国会での予算案の承認後、当該予算の計上を問題視する声が上がり、稲葉氏が調査を指示し、調査の結果、ガバナンス上問題との指摘が出たため、当該予算の執行を停止したようである。そして後日になるが、この件を理由に前田氏の退職金は10%減額支給となった。もちろん、関与した理事の報酬も減額である。
 この不祥事の内容を読みながら、「また前田氏か、何をやっているんだ」と思いつつ、不謹慎ながら内容のおかしさに思わず笑ってしまった。稲葉氏が会長の下での手柄と思われるかも知れないが、そう喜ぶ訳にはいかない。この不祥事の前後に番組内での情報の誤りが立て続けに起こったからである。
 今年5月15日に放送の『ニュースウオッチ9』のエンディングで「新型コロナ5類移行から1週間・戻りつつある日常」と題するVTRを放送し、ワクチン被害者の遺族の会から遺族3人が出演した。遺族3人がワクチン接種後に亡くなった人の遺族だとの説明がなく、テロップで「夫を亡くした」、「母を亡くした」という紹介に留まったため、視聴者に新型コロナウイルス感染により亡くなったかのような印象を与える放送となった。
 今年5月22日に放送の『映像の世紀 バタフライエフェクト』のなかに誤りがあったと約3週間後の今年6月13日にNHKが発表した。独ソ戦を取り上げた放送回であったが、番組中でスターリンのものとして紹介された発言がまったく別人のものであったり、他にも複数の誤りが見つかった。まったくもって初歩的なミスと言わざるを得ない内容である。
 前者は先のBS1スペシャル「河瀨直美が見つめた東京五輪」と同様にBPOの放送倫理検証委員会で審議入りとなり、後者は誤りを修正した上で再放送された。稲葉氏は一貫して人員や経費等々の構造的な問題以前の問題と捉えているようである(「稲葉延雄会長 5月定例記者会見要旨』2023年5月24日)。見方によっては、あくまで経営改革に固執しているようにも見える。番組制作に関して、会長が交代してから受信料の大幅な値下げまで依然このような有様である。今後はますます不安である。

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