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折本龍則「参院選以前に、参議院は必要なのか」(『維新と興亜』第13号、令和4年6月)

参院選がスタートした。どの政党に投票するか迷っている国民も多いだろう。しかし、それ以前に疑問が拭えないのは、そもそも参議院は何のために必要なのかということである。
 よく参議院は衆議院のカーボンコピーなので「良識の府」としての独自性が必要だとして参院改革が叫ばれる。特に、参院議員の任期は六年でその間解散もないので、一度なってしまうと任期中選挙なしで高額の議員報酬がもらえる。その額は月額129万4000円でボーナスを入れた年額は2181万円であり、その他衆院議員と同様に月額100万円の文書交通費が支給されるそうだ。
 その一方で、憲法では参議院に対する衆議院の優越が認められており、予算の議決や条約の批准、内閣総理大臣の指名、法律案の議決に関しては衆議院の議決が優先される。法律案については、参議院で否決された場合、衆議院は出席議員の3分の2以上の賛成で再び可決する必要がある他、憲法改正の発議には衆参両院の総議員の3分の2以上の賛成が必要なので一定の歯止めにはなるが、衆議院と同等かそれ以上(任期中選挙がないので)の待遇の割に権能が小さいと言わざるをえない。
 現在の参院の選挙制度は、比例代表、選挙区並立制であるが、選挙区は都道府県単位の中選挙区であり、広すぎるので事実上候補者個人を選ぶというよりも政党を選ぶ選挙になっている。言うまでもなく比例代表も政党を選ぶので、参院は既成政党の公認を貰った候補者しか当選できず、そうして選ばれた議員も党に雇われた高級サラリーマン化して組織の歯車になるしかない。任期中選挙はないといっても、党の公認がなくなれば次の選挙ではほぼ確実に落選するので党執行部に従属せざるをえないのである。
 一方の衆議院の選挙制度は小選挙区比例代表並立制だが、これも比例代表は言うまでもなく、小選挙区は与党に圧倒的に有利であり、野党や無所属の当選は極めて難しい。この様に、参議院と衆議院は選挙方法こそ異なるが、両者とも与党ないしは既成政党本位であることに変わりはなく、このようなやり方を続けている限り参議院の独自性は打ち出せないし、その存在意義は問われ続けるであろう。
 ところで、参議院の前身は、帝国憲法下における貴族院であるが、貴族院は非公選で、皇族や華族、勅任議員によって構成され、各界の有識者が勅任(天皇陛下の勅命による任命)により就任していた。しかし戦後、GHQの占領政策によって華族制度が廃止され、現行憲法の制定によって貴族院は公選の参議院へと改組されたのである。この参議院への改組を巡っては、当初日本政府は二院制と貴族院の存続を目指し、GHQに提出した憲法改正要綱(松本案)でも貴族院の名称を参議院に変更し、参議院は「選挙又ハ勅任セラレタル議員ヲ以テ組織スル」としていたが、GHQは一院制を想定しており、「国民による選出」を条件に二院制を容認したという経緯がある。
 かたや、日本と同じ立憲君主制の国であるイギリスも二院制であり、庶民院である下院に対して上院は貴族院であり、議員は英国女王によって任命される。かつては世襲貴族が大半であったが、近年は政官財軍、司法界などで国家に貢献した国民が、首相の助言の下に英国女王から世襲できない一代貴族として爵位を叙爵され議員になるケースが大多数だという。イギリスでも下院は上院に優越するが、勅任制の上院は、公選による「選挙による独裁」や、かつてトクヴィルが言った「多数者の専制」を抑制する上で一定の機能を果たしているとされる。
 たしかに、世襲貴族だと門地による差別や封建的特権の温床になる弊害はあるが、個人の能力本位による一代貴族ならば専門的知見が国政に発揮され、しかも英国上院は終身制なので、目先の選挙の為の人気取りに忙殺されたり、既成政党に従属することなく、国防や教育、農業など、国家百年の大計に立った議論を行うことが期待できるだろう。もちろんイギリスと日本の歴史や国柄は異なるが、他山の石として参考に値するのではないか。

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