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九州飛行機 震電 J7W1(1945)

 子供の頃(少しばかり軍用機の知識が自慢になった頃)、震電の写真や図を見て「すごい飛行機が日本にもあったんだ」と誇らしく思った。前翼の異形なデザインと非常に高い性能で、興味もない友達に知ったかぶりして知識を押し売りした。生意気なガキだと思われたろうな。

 前翼あるいは先翼は、実はそんなに珍しいものではない。人類初の飛行機と言われているライト兄弟の飛行機も前翼推進式だった。だから先祖返りのデザインとも言える。

 前翼の利点は、主翼より先に前翼が失速するため主翼の失速が起こりにくいという。専門家ではないので意味がよくわからないのだが、制御しやすいということだろう。また、前翼に揚力が生じるので主翼面積を小さくできる。機体後部に推進装置があるため気流の乱れが少ない。武器を機種に集中できる。などいいことだらけのようだが、問題がないわけではなかった。効力のある垂直尾翼をどう設計するか。エンジン配置が後ろになると冷却装置などの構造が難しくなる。プロペラが回転している時に緊急事態でのパイロット脱出が困難などである。他にも、これまでの戦闘機開発のノウハウが生かせないような問題があったのだろうと想像できる。

 この異形なデザインをおこなったのは海軍航空技術厰の鶴野正敬(つるのまさよし)大尉だ。東京帝国大学の航空学科を卒業して海軍に入り、パイロット・エンジニアになった。実際に飛行機の操縦訓練を受けテスト・パイロットを行いながら設計を行うという新しい試みによるエンジニアだった。大型爆撃機による敵の攻撃が現実に起こり、対処するためには画期的な迎撃戦闘機を開発する必要が出てきて、それを前翼高速戦闘機というアイデアで解決しようとした。昭和17年の夏には着想していたというが、部内の理解を得て実験を開始したのは18年3月であった。モーターグライダーでの実験を経て、昭和19年5月に十八試局地戦闘機震電として正式に試作発令される。

 すぐに九州飛行機で開発にとりかかった。鶴野大尉が九州飛行機におもむき、打ち合わせが行われた。「最高速度は高度8700mで400ノット(740km/h)、上昇力は高度8000mまで10分30秒内、実用上昇限度12000m、兵装30mm機銃4挺」など、要求性能の高いことに驚いたが、何よりも前翼構造という見たことのないデザインに腰を抜かしたという。会議では、これが最後のプロペラ機、エンジンが開発されればジェット機化も考慮すると話し合われていたというがエビデンスはない。

 『世界の傑作機 特集 海軍試作局地戦闘機 震電』(文林堂,1978)に、鶴野正敬氏のレポートが寄せられている。どうして前翼戦闘機の着想を得たかという内容である。掲載当時は、住友セメント常務取締役だった。
「一般に技術研究においては、科学技術上の確たる基盤に立って事が進められるが、基盤に誤りがなく、またアプローチの方法が正しければ、必ず正解が得られるはずである。 ・・・(中略)・・・にもかかわらず、目的に到達し得ぬのは、基盤中に正しくない因子がある故と整理する。そこで、基盤中の因子のうち、相対的に真実性の低いと思われるものについて、それがもし逆であったらと仮定して考え直してみると、解決の糸口が開ける可能性が大いにあるという思考法である。」
 先輩である糸川博士の『逆転の発想』の一種であるとも述べている。糸川博士は東京帝国大学の航空学科を1935年に卒業し、中島飛行機で一式戦闘機や二式戦闘機を開発した。戦後は「ロケット開発の父」と呼ばれ、著書『逆転の発想』(1974年、プレジデント社)は大ベストセラーになった。

 制作を担当した九州飛行機は、もともとは渡辺鉄工所という福岡市の機械工場であった。魚雷の生産などをおこなっていたので飛行機生産にひきづりこまれたような会社である。飛行機のような総合技術をもとめられるメーカーとしては後発であり、施設設備や従業員の体制も整っていなかった。伝統工芸の職人も動員されたという。そのような中で1年でこの新鋭機をテスト飛行までもっていったのは並大抵の努力ではない。
 昭和20年の初めには中島飛行機の『橘花』の転換生産も請け負わねばならず、ますます人手が亡くなる中で、6月に2機が完成した。制作図面が30万枚、20,000工程だった。
 8月3日、15分間の初飛行。トルクの関係で10度右に傾いたままの飛行であった。二回目の飛行は8月8日。250km/hまで出せたが、右への傾きは修正できず。三回目には45分間の飛行。右への傾きへの修正データをとり、8月17日に全速運転を予定していた。そして、その前に終戦となる。

 戦後、「震電」は解体されアメリカに運ばれた。試験飛行することもなく、そのまま現在もスミソニアン博物館で眠っている。

「震電」
全長 9.76m
全幅 11.114m
全備重量 3,465kg
発動機 三菱ハ43-42(MK9D改) (1,590hp)
最高速度 750km/h (8700m)
航続距離 1,000km
武装 30mm機銃×4

> 軍用機図譜




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