見出し画像

杉田庄一物語 第三部「ミッドウェイ海戦」 その19 第二段作戦

 初戦の真珠湾攻撃やマレー作戦に成功し、昭和十七年の五月にはビルマ北部のマンダレーを押さえ、フィリピンのコレヒドール島米軍要塞を陥落させ、第一段作戦は終了した。この間、南雲長官率いる機動部隊は、連戦連勝だった。勝ちすぎることが問題でもあった。負ける気がしなくなっていたのだ。そこに東京空襲で冷や水を被せられた。

 連合艦隊も柱島泊地で腰をどっしりと据えていた。大事な石油を無駄にできない。いざというときまでは艦隊を動かせないという事情もあった。

 このときまで山本長官は米国の太平洋艦隊を叩いて早期の講和に持ち込むという腹づもりであった。米国の主力戦艦は壊滅状態にしたが、この時点で空母三隻からなる機動部隊は健在である。しかも、その機動部隊から日本本土への爆撃が行われた。早期講和に持ち込むには、この機動部隊を殲滅し、有利な条件を作らねばならない。

 この頃の山本長官の心境を伝える甥(高野気次郎)への手紙が、『聯合艦隊司令長官山本五十六』(半藤一利、文芸春秋社)で取り上げられている。
「事の成否は実は第二段作戦にあり、十分覚悟と用意とを要する事態と存知おり候……爾後の作戦は政戦両翼渾然たる一致併進を要する次第にて、之が処理に果たして人材可有之か、従来の如き自我排他偏狭無定見にてはなかなか此広域の処理、持久戦の維持は困難なるべき、杞憂は実に此辺にありと愚考せられ候」
(事の成否は第二段階にあるのに、政治や陸海軍部が一致併進できず、人材もなく、従来のように自らのことばかりで他を排し、偏狭で見識のない者ばかり、このような広域の戦線や持久戦はできないのに)という嘆きの文である。

 第二段の作戦計画は山本の嘆きのように陸海軍の対立があったが、大本営海軍部はようやく「米豪遮断作戦」(FS作戦)としてまとめた。四月十三日、連合艦隊は大本営海軍部に佐々木参謀を派遣し、次のような具体的な作戦日程案を伝えた。

・五月七日   ポートモレスビー攻略(MO作戦)
・六月七日   ミッドウェイ、アリューシャン攻略(MI作戦)
・六月十八日  ミッドウェイ作戦参加部隊のトラック島集結
・七月一日   機動部隊トラック島出撃
・七月八日   ニューカレドニア攻略(FS作戦)
・七月十八日  フィジー攻略破壊(FS作戦)
・七月二十一日 サモア攻略破壊(FS作戦)

 ここまで一気に連合国軍を押して行って和平交渉にはいるというのが山本の腹づもりであった。海軍軍令部第一課は、当初この案に憤慨する。連合艦隊と第一課の間に「感情的疎通」がはなはだしかったと『戦史叢書』に書かれている。しかし、ドゥリトルの東京空襲で一気に解消されることになる。まずはMI作戦で米機動部隊をたたき、その後FS作戦を実施するということになったのだ。

 四月三十日、ツラギ攻略部隊の第十九戦隊がラバウルを出発した。敷設艦「沖島」を旗艦とし、司令官は志摩清英少将だった。
 五月三日、第十九戦隊は軽空母「祥鳳(しょうほう)」と特設水上機母艦「神川丸」艦載機支援のもとフロリダ諸島(ツラギ島、ガブツ島、タナンボコ島)に上陸したが、連合国軍は殆ど撤収しており、小競り合いが起きた程度で日本軍の上陸作戦は成功する。
 五月初旬、内地の六空では、MI作戦準備のため新郷飛行隊長のもとで錬成訓練に励んでいた。杉田ら飛練十七期に続いて五月に入ると中村佳雄ら飛練十八期も配属されてきた。
 前述のように六空の搭乗員評価は、前線の三空や台南空から転入してきた技量A級のベテランと飛練を出たばかりの若手C級と二層に分かれていた。実戦経験者が二十四名、若手三十二名という割合であった。戦場に出すためには若手訓練が急務だった。
 ところでこの錬成訓練について新郷英城飛行隊長と司令森田千里大佐、飛行長玉井浅一少佐が対立した。司令たちの案は、ベテラン勢を空母に載せてミッドウェイに連れて行き、若い未熟な搭乗員たちは基地に残したまま錬成訓練を進めるというものであった。

新郷英城飛行隊長

 しかし、新郷は異論を唱える。「これまでの戦地勤務の経験からすれば、若い搭乗員もミッドウェイに連れて行って、実戦を通じて学ばせるのが良い。それに若い搭乗員の訓練のためには飛行機、器材、加えて教官として、数名のベテランも残さなければならない。これではいちじるしく戦力を低下させることにあるから、全機全力をもってミッドウェイに進出すべきである」 台南空飛行隊長として前線からきた新郷らしい意見である。「戦時にそんな悠長に訓練している場合か」という思いがあったのであろう。新郷は、頑固で絶対にゆずらない性格であった。しかし、新郷の意見は取り入れられず、元山空への転勤命令が出されてしまう。

<参考>

〜〜 ただいま、書籍化にむけてクラウドファンデイングを実施中! 〜〜

クラウドファンディングのページ

QRコードから支援のページ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?