いしゆん

1990年生。関東在住。看護師。日々ふと思ったことのメモと、文章を書く練習。noteでの新たな出会いも大切にしたい。

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1990年生。関東在住。看護師。日々ふと思ったことのメモと、文章を書く練習。noteでの新たな出会いも大切にしたい。

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    ミャンマーのバスで、幸せを噛み締める

    2018年夏から約1年のあいだ ミャンマーのヤンゴンに住んでいました。 ふだんの交通手段は、もっぱらバス。 〈片道一律200チャット〉で、 これは日本円で約20円ほど。 超絶節約生活を送っていた私にとって、 この安さはとてもありがたいものでした。 時刻表はないので、なんとなく バス停に行って、なんとなく待つが、 タクシーを呼び止める時みたいに 手を挙げアピールしないと止まってくれない。 (挙手してもスルーされることもある。) 運転手は、だいたいビーサンか裸足。 操縦

      • 「ひとりで生きてきたような顔をしなさんな」

        昔は、母からなにかとこの言葉を言われました。 私が「もう、ほっといてよ!」とか、「余計なことしないでよ!」とか、けっこう生意気な口をきくんですよね。 そうすると、必殺技の様に母の口からスパッと飛び出るんです。 【周囲にお世話になって、支えてもらって、 そのおかげで自分が生きていられるんだぞ!】 母は、こう言いたかったのでしょう。 しかし、中高生の頃はそう言われるたびに ますます腹が立ち、不貞腐れる一方でした。 私のことは自分が1番分かってるもん! 自分ひとりで出来るも

        • ヒトに "寄り添う" ことは難しいけれど。

          仕事柄、だれかの死に立ち会うことが多い。 病院で患者さんが亡くなれば、すぐに家族や身近な人が駆けつける(まれに例外もあるけれど) 。 当然、患者本人だけでなく、家族との関わりの必要性が生じる。もっと言ってしまえば、患者さんが亡くなればもう本人は口を聞けないのだから、その時点から相互コミュニケーションが必要なのは、患者さんでなく家族だ。 看護師のコミュニケーション技術のひとつとして、「傾聴」「共感」というものがある。 学生時代から嫌と言うほど叩き込まれる言葉だ。 傾聴とは、

          • 頑張らない味噌汁と、一生懸命生きてみる。

            彩り豊かで美しく盛り付けられたお料理。 私は " 映えるごはん " に ずっと、憧れていました。 でも今のお気に入りは、白いごはんとお味噌汁、それと少しのおかずが並ぶだけの食卓。 『一汁一菜でよいという提案』 テレビでもおなじみ、 料理研究家の土井善晴先生が書かれた本です。 背景の白色は ご飯の色、 文字の緑色は 菜の色、 帯の茶色は お味噌の色、なんだそう。 本の質感も少しざらつきがあって 手に馴染むようでなんだか心地よい。 「一汁三菜」という和食の献立なら

            今日も、自分を褒めまくろう!

            この時期になると「五月病」という ことばをよく耳にします。 特に、新社会人がかかりやすい、 と言われていますね。 私は五月病にかかったことはありません。 看護師という職業柄、ゴールデンウィーク中もフツーに仕事があるおかげか、プツリと緊張の糸が切れる暇もなかったのかもしれません。 (早く仕事に慣れて欲しい。) (早く1人前になって欲しい。) これは、先輩の正直なキモチ。 でも、それはちょっと欲張りなキモチ だと思ったりもするんです。 私は、 「新人さんは仕事に来てく

            やるか、やらないか。ただそれだけ。

            そこは、九州の田舎で、緑豊かな畜産の町。 電車の1本も通っていない。 「お姉ちゃん、パン教室を始めるらしいよ」 と、母親経由で聞いたのは、1年ほど前の話。 あの、"ほわほわしたお姉ちゃん" に 独りで開業するチカラがあるの?! 真っ先に、そう思った。 私の知っている姉は、自ら道を切り開いて突き進むタイプではなかったからだ。 だって、予め用意されてたような場所を 素直に無難に歩んできた。 可愛らしい女性に成長し、結婚適齢期と言われるときに、優しい旦那さんと結婚。

            私って、こんな人です。

            note第2回目の記事は、 私について知ってもらおう!回です。 では、さっそく。 生い立ち 転勤族の家庭で育ちました。だいたい3〜4年毎で県内を引っ越し、都度転校を経験。 「じゃあいっぱい友達出来て良いね〜」なんて言われますが、逆に言うと昔からの長い付き合いの友達っていないんですよね。あと、地元と言える場所がない。 20歳の成人式の時って、みんな地元の中学グループとかで集まってワイワイするじゃないですか。でも私は自分のポジションが分からなくて。居心地の悪さを感じて、式のあ

            2021年春、noteを始めてみる

            元々は、こんな風に不特定多数の誰かが目にするような場所に、自分の文章を載せるのは苦手。 書くのは下手くそだし、自分をさらけ出して批判や中傷をされるかもしれないし、何より、なにも取り柄もない自分が〈わざわざ人前で一丁前なことしてる感〉があるのが嫌。 そんな私が、何故いまnoteを始めるのか。 【頭の中の整理と自己の理解】 あれやこれやと考えを巡らせる質で常に思考がうるさめ。そして、自分が何をどう思っているのかとか、何をしたいのかとかもよく分からずに大人になってしまった感があ