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手話とボディランゲージ

「ほほ笑む」の語源は、花が咲いている様子を指し、「咲む」と表記したらしい。
大和言葉の「えむ」で万葉集にも使われています。
 
映画「咲む」を拝見しました。
看護師試験に合格した「ろう」の女性は、就職活動に苦戦し、様々な病院で不採用になり、
ある村の診療所の雇用話を聞いて、張り切って向かったのですが、ここでも不採用になります。
 
もちろん、採用側に、「もし、耳が聞こえないことで治療が遅れ、患者の身に何かあったら」という不安があることも正論でしょうし、僕も「絶対、大丈夫ですよ」などと反論はできません。
しかし、自分たちが経験したことがない環境になることに対する怯えも、どこかにあると思うんだよなぁ。
 
彼女は不採用を言い渡された後、再度、役場から連絡があり、仕事を紹介されます。
過疎化の進む村で地域活動を協力してもらうことで、移住促進と地域力の維持、そして強化を図ることを目的とした地域おこし協力隊のような位置づけでの採用に近い。
 
彼女は看護師として役に立てる活動を思いついて行動に起こします。
しかし、村にありがちな閉鎖性やあきらめの壁に阻まれ、なかなか思うように前に進みません。
そして、彼女の家族間の問題もあり、というより、これが一番、物語として大きいけれど、それを綴るとネタバレになってしまうので、「ある」ということだけ添えておきます。
 
耳が聞こえないことで、コミュニケーションが取れなければ、筆談すればいいだけのことですが、その習慣がなければ、なかなか、さっと手は出ません。
一度、やり始めれば、どうってことないのに。
難しければ、ボディランゲージでもいい。
僕の場合、海外で下手な英語を使おうとするより、ボディランゲージの方が伝わることを学びました……と、これは英語学習をサボっている言い訳ですよね。
 
ただ、ボディランゲージの延長でコミュニケーションを取るうちに、少しずつ手話を憶えていけばいい。
声高に「多様性」と言うより、よほど自然だし、
こういったことが繋がり始めると、この映画のように村や町は変わっていくんだろうなぁと号泣しながら考えていました。

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