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11 今すぐ幸せになれ!

OSHOの講話の中での話だ。
古代インドの当時の王ジャナクが、覚者アシュタヴァクラに教えを請いに来ている場面がある。
13歳の覚者:アシュタヴァクラが、王との対話の最後に「今すぐ、幸せになれ!」という言葉を何度も言うシーンが出てくる。

そのセリフがまさに、その時の状況の私にぴったりきた。

・・・私はその頃、勤務先をクビになったばかりだった。
私は、直近の2年の間に10回転職をし、内5回はクビになっていた。
残りは私自身から申し出て、勤務先を辞めたのだ。
この時期の仕事は、私にとって予想のつかない出来事が立て続けに起こっていた。

どのあたりから始まったのだろう・・・地域密着型の店舗での事、あるイベントで、店舗の手伝いに来ていた70歳半ばのリーダー格の男性がいた。
彼の仲間達への態度が横暴で、そのやり取りを聞いていたお客様からクレームがあり、それを私がリーダー格の彼に指摘した折、私は地面に押し倒され、あわや殴られる寸前のところを振りほどいて逃げるという出来事が起こった、その事件の後に私は退職をした。

次の職場は、観光地のある店舗での事、80歳のオーナーからお尻や胸を頻繁に触られるという事が起こった、要するにセクハラだ。それには、さすがに身の危険を感じ、警察に駆け込んだ。
警察に仲裁に入って貰い、その日から仕事に行くのを辞め、そのオーナーに給与を振り込ませて無事に退職できたのだった。

続く次の仕事では職場内で熱中症になり、医師から室内の温度、水分が頻繁に摂れる環境なのかを色々聞かれ、ドクターの質問に全部が該当していた為、これ以上その職場で勤務をするのは命の危険があると言われ退職。

・・・という変な事ばかりが、立て続けに起こっていた。
なぜにその短い期間に奇想天外な事ばかりが起こるのだろうかと考えたが、40年程、営業職や事務職を経験しているが、その間そういう事は、一つを除いてなかったのだ。
そういう出来事は私の人生の中でなかったと言っていい位だ。
あまりにも突飛すぎて、今思い返すと、自分でも困ってしまうが、笑いが込み上げてくる。
こんな、ありえない出来事のオンパレードって普通ないもの、 しかもそれは、割りに最近の出来事ばかりなのだ・・・。

大きく脱線してしまったが、
もう一度、話を戻すと・・・・・

蓄えもなく、年令もいっている、この厳しい時期に果たして仕事はあるのだろうかと意気消沈のおももちでいた所、スーパーマーケットからの帰り道、その言葉を思い出したのだった。
「今、すぐ幸せになれ!!!」
私はOSHOの弟子だ。辛い時にやってこそ、本物が生まれるとOSHOは常日頃、言っている。
・・・という事は私の条件は、すべてそろっているではないか・・・。
第一、その時期の私は幸せな気分からは、ほど遠かった。
仕事はない、お金もない、見通しも暗い。
何もかも無い状態だ!
ん?・・・ならば「今、やらなくて、いったい、いつやるんだ!」・・・「今しかないではないか!」
そんな思いが突然、胸のど真ん中に来た!
自分自身に「今、すぐ幸せになれ!!!」と声をかけてみた。
声をかけたというより、自分自身の心を思い切り、揺さぶったという方が近いかもしれない。
・・そうしたらなんと、笑いが込み上げてきたのだ。
・・・必ず、いつか人は、そして私は死ぬ。
今、幸せにならなくていつなるんだ!たまらなくおかしくなってきた。
それと同時に、こわばっていた体の力がほどけたようだった。
「今すぐ、幸せになれ!」は何かがその時の私にフィットしたようだった。
何かが上手くいっていないと思う時に、今でもこのフレーズを使っている。

似たような、ある出来事も思い出した。
当時私は40歳、亡くなった夫と、共に住み始めた頃の事だ。
小さな人材紹介会社に勤務し始めた事があった。
私を採用した会社は雑居ビルの一部屋がオフィスになっており、社員は私をいれて5人程の小さな会社だった。
給料はかなり良かったが、社長がとても短気な性格で常に怒っていた。
社長は怒り出すと、ろれつも回らなくなり、何を言っているのか聞き取れない状態になるのだった。
更に怒りが頂点に達すると、彼に怒られている社員のデスクの前に行き、グーの両手でバンバンと机を叩き、大声で怒鳴りまくるのだ。せっかく募集をかけて採用になった男性社員は、1日~3日位で、ほとんど辞めていった。そんな環境下で残ったのは、私を含めた30代~50代までの年齢の幅のある、5人の女性社員だけだった。

 その時期のある朝、私が起きようとしたら、起き上がれなくなってしまった事があった。
体がセメントで固められたように、コチコチで起きようにも、左右どちらに向く事もできず、その時は元気だった夫の手を借り、何とか体を起こして貰い病院まで付き添ってもらったのだが、ドクターの診断は、左側が原因の座骨神経痛との事だった。
結局3日程、会社を休んだのだが、病気の後半、少し体調も回復した為、掃除がしたくなり、部屋に掃除機をかけ始めた。掃除機をかけながら、ある事が頭をよぎったのだ・・・。
私は左側を中心とした座骨神経痛との事だったが、私の体の左側が嫌がっている理由ってなんだろう?
・・・とそんな疑問が、掃除機の音とは別に、私の中で何かがガーガー音を立てていた。
左側・・・?
その時、会社の部屋の様子が脳裏に浮かんできた。私の左側って?

あっ!私の左の席の延長線上に社長のデスクがあった!社長がいたのだ。
犯人は社長???
そこから、もう笑った!笑った!笑いが止まらなくなってしまった。多分30分位、掃除機をかけながら死ぬほど笑ったのだ。
その時間、掃除機とへんな甲高い女の笑い声が、アパート中に不気味に響き渡っていたに違いない。

そして、もう一つびっくりした事は、思い切り笑った後、座骨神経痛が完全に治ってしまったのだ。ドクターはレントゲンもとり、「かなり重症ですね!」と言われ、塗り薬、張り薬、飲み薬、3種の薬を処方して貰ったのに、薬はもう、いらなくなってしまったのだ。30分の笑いで痛みが完全に取れ、
すっかり治ったのだった。笑いってなんだろう・・・?

話を更に更に、元に戻すと・・・
「今すぐ、幸せになれ!」
自分自身に詰問するというのも新鮮な気分だ。
つけっぱなしのラジオ放送のような、自分自身の思考にストップをかけて、立ち止まって、その思考に、違う角度からアプローチをする・・・そうすると、とめどない思考が、あたふたとたじろぐのだ。
たぶん、自分のそのあたふたさが、何だか可笑しいのだ。思わず、笑ってしまう。
また笑ってしまう自分にもへんな余裕を感じて、そしてそこで、また、へへへ、ふふふ・・となるのだ。

更に更に更に付け加えると、「幸せになれ!」といっても幸せじゃない時や笑えない時もある。
そんな時は、私はその幸せじゃない状態のままでいる。
幸せじゃない感じ、不安な感じとただ、共にいる。
最悪な状態と共にいる。
本物の自分の感情と「さし」で向かい合っている気がする。

そんな時、近くにOSHOの存在を感じる。「私の事をけっして、過去形で語ってはならない!」と
亡くなる直前にOSHOは言っていたけれど、例え肉体はなくとも、気配はなくとも、日ましにOSHOの臨在は濃くなっていく。いたずらっ気のあるOSHOの笑っている顔が見える気がする。

OSHOがこんな私をどんな風に観ているんだろうと・・・想像するのもやめにした。
表面でしか物事や自分自身を見る事の出来ない私が、OSHOの事を解るはずもない。

けれどこんな私だが、辛くなった時にOSHOを思い浮かべると、なぜか深い安心感と、背中がとても温かく感じてしまうのも又事実なのだ。


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