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本を選ぶ、買う、読むという一連の体験は、どうやったら豊かになるかについて語る時に私の語ること

 本を選ぶ、買う、読むという一連の体験に選択肢が少なかった時代、私たちは書店の棚や新聞広告から選び、書店で買い、家や喫茶店、移動中に読んでいた。しかしながら、インターネットの出現により、本を取り巻く環境が大きく変化した。スマートフォンで本の購入ができるようになった。紙の本だけではなく、電子書籍やオーディオブックも生活に浸透し始めた。本という形にこだわらなくなった。そもそも本でなくても、検索すれば必要な情報は手に入る。そんな気がしてくる。

 そのような状況の中で、手付かずの領域がある。「選ぶ」だ。人は自由に選んでいるようで、実はカタログの中から選ばされているのではないだろうか。あるサイトでは、本を買うといくつかの本をすすめられる。「この商品を買った人はこんな商品も買っています」と。カタログだ。確かに選ぶのは容易になる。しかしながら、そのおすすめは“私みたいな人“向けであって、“私自身“向けではない。まるで映画「her」に出てくるOSのようだ。それに対して「選書」は私に矢印が向いている。選書とは、「多くの著作から、ある目的にかなったものを選んで作った書物」と定義される。今回の場合のある目的とは、私の抱えている問題の解決である。 

 初めての選書サービスを受けたのは先月。六本木にある「文喫」という新業態の本屋での体験である。過去に忘れたくても忘れられない記憶を持つ私は、文喫の選書サービスを利用することを思い立ち、そのような自分に必要な本がないか尋ねてみた。初対面の方に自分の悩みを打ち明けるのは、考えてみればこれが初めてのことだった。担当の方は、1週間もの時間をかけ、11冊もの本と共に、直筆のメッセージの書かれた栞を用意して頂いた。選書というものに初めて触れた私は感激した。なぜなら、その本には選んだ時間や思いが詰まっているように思えたからである。私に矢印が向いている。そう感じた。本を手にした時、読んでいる時、読み終わった時、その本が私のためだけに選ばれたものであることに気がつく。そのたびに本を抱きしめたくなる。 

 この経験を思い返すたびに幸せな気持ちになる。本が媒介となり、人と人をつなぎ合わせる。距離が縮まる。時空を超える。本を選ぶ、買う、読むという一連の体験を豊かにするためのカギは「矢印」だ。新型コロナウイルスが落ち着いたら選書して頂いた方にお礼の矢印を向けたい。それが私からの矢印だ。
 そして私はこの文章を媒介としてあなたとつながっている。

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